マイカーのある生活。ない生活。

この「note」ではあまり公にしていなかったのですが
実は、昨年末くらいまで車を一台所有していました。

手にしたのは3年ほど前。
まだコロナによる制約が厳しい時期でしたが、それと同時に自分も社会人生活を続ける中でそれなりにお金が貯まってきていた頃でした。
思うように外出ができない日々が続いて新しい移動手段が欲しくなったことと、車を持ち始めた友人や会社の同期が現れ始めたことで、「マイカーのある生活ってどうなんだろう」と興味がわいたことが動機となり、車を買おうかなと思い立ちました。
ローンを組んでまで新車を手にする度胸は無く、手持ちの現金で一括購入できそうな中古車の中から探していました。
ディーラーをあちこち回り、車の外観を見たり、実際に運転席に乗ってみたり、見積もりも取ってもらったり、などなどあれこれ吟味し、とある3ナンバーのセダン車に出逢いました。
走行距離がそれなりに大きい影響もあってか、価格もわりと落ち着き気味。燃費も、そのメーカーの他タイプの車と比べると良いほうで、ガソリン代などを考えてもまあお財布に優しいほうかなと思えました。
そしてなにより、心のどこかに「車といえばセダン」「セダンに一度乗ってみたい」といった気持ちがあったことも一因でした。マイカーのある生活を体験できれば、車種には特にこだわらないと思っていたのですが。
とにもかくにも、その一台に惹かれる気持ちがありつつも、その場で購入は決めずに保留。
自分の人生で一番大きな買い物ですし、その額に躊躇しましたが、最後の最後は勢いって感じで訪れた翌日にディーラーさんに電話して購入の意思を伝えました。

納車日。
ディーラーさんを訪れると、ナンバープレートが取り付けられた状態で車が用意されていました。
運転席に座り、エンジンを始動。
基本的な機能の説明をひと通り受けると、出口までお見送りいただき公道に出ました。
これにて「マイカー」を手に入れました。靴屋さんで新しい靴を買って、テンションが上がってその場で履き替えて帰るときの気持ちに近かったように思います。
その日はあいにくの土砂降りでしたが、車に乗っていれば濡れることも当然なく、無事に自宅まで帰れました。
そういえば、駐車場の話。当時は社員寮に住んでおり、敷地内の駐車場が空いていたので事前に車庫証明だけとって使える状態にしていました。
こうした手続きを行うのも自分の人生の中では初めてで、これもまたひとつの経験なのかな、と思っていました。

マイカーを購入してから1か月ぐらいは、毎週のように色んな場所に乗って行きました。
目的も無く高速道路を走ってみたり、普段の買い出しもちょっと遠めのスーパーまで行ってみたり。
マイカーのある生活とはこうなのかな、と実感を重ねていきました。
コロナ禍で自粛されていたライブが少しずつ再開されていったのもこの頃。
お笑い芸人・さらば青春の光のお笑いライブ「ステゴロ」が新潟で開催された際は車で行ってみました。自分にとって初めての、マイカーでのライブ遠征でした。
自分の好きなアーティスト・Perfumeがライブを再開したのもこの頃。[polygon wave]というライブは、自宅から電車で行ける場所で開催されましたが、「感染予防のためにもマイカーで行くのが無難」みたいな理由をつけて車で行きました。
その後には全国5か所を回るツアー「Reframe Tour 2021」たるものも開催されました。会場のひとつが自分の地元に近い場所であり、久しぶりの帰省も兼ねて車で行きました。
公演終了後は、実家に向けて再び走りました。免許を持っていなかった中高時代、親の車に乗せられて通っていた道を、今は自分の車で走っている。
まるで何かの凱旋パレードでもしている気分になりました。
車での実家帰省は何度か行っていて、自分の車に家族や地元の友人を乗せて出かける機会も何度かありました。
たったそれだけのことでしたが、自分も少し大人になれた気がしました。

その後も、友人とドライブしに行ったり、遠方でのライブに車で赴いたり、休日にひとり遠方へとドライブしに行ったりする日々が続きました。
ただ、そんな日々を過ごす中で、徐々に車の稼働率が下がっていっていることも実感していました。
まず、都内住まいであれば日常的に車を使うことがないです。出勤するにしても遊びに行くにしても、基本的には電車や徒歩、自転車で事足りてしまうので。
車でも行けると思える場所はありましたが、電車賃よりもガソリン代や駐車場代が高くつきそうな場合がほとんどでしたし、そもそも停める場所が見つからなく困るのも嫌だな、と考えることもしばしばありました。
そうなると、非日常的な使い道―キャンプや休日のドライブなど―を充実させることが車を使い続けていく理由になりますが、やはり自分ひとりではそれらを趣味にし続けていくモチベーションを保てませんでした。
つまり、そうした趣味を共にできるパートナーや友人と関係をもつことができませんでした。
それでも自動車税や保険料、あとは車検に要するお金は毎年決まったタイミングで必要となり、「この費用に見合うだけの価値を、自分は引き出せているのだろうか」という気持ちが徐々に強くなりました。

考えが大きく変わったのが、社員寮を出てひとり暮らしを始めようというタイミング。
ひとり暮らしになると自分で駐車場を借りなければならず、あれこれ調べていましたが、そこで初めて自分が暮らしている地域の駐車場代の相場を知りました。
車を購入した当初も、駐車場代がかからない社員寮時代にあれこれ体験し尽くして、寮を出るタイミングで手放そうと考えていましたが、そうは言ってもなんとか持ち続けられるのではないか、とも考えていました。
しかし、先述の費用も併せて毎月かかる費用をちゃんと計算すると、いかにその考えが甘かったかを思い知りました。

今の自分では、この額に見合うほどの価値を享受できない。
それならば手放したほうがいい。
この結論に至りました。

このお金はもっと違うことに使ったほうがいい。
なにより、自分よりも使いこなしてくれる人の手に渡ったほうが、この車自体の価値も発揮されるのではないか。
全てがwin-winになるように…なんてもっともらしい理由をつけようとしていますが、とどのつまりは「マイカーのある生活」というロマンを、あれやこれやの現実を知って諦めることにした、たったこれだけのことです。

引っ越しをする少し前の時期にディーラーに持ち込み、見積もりをとりました。
提示された額は、個人的には結構高く感じられました。もう何代か前の車種だけど、それなりに市場でも人気があるのかな。
また別の迷いが生じるのが嫌で、他のディーラーでの相見積もりはとりませんでした。見積もりをとってから数週間後までであれば同額で買い取るとのことだったので、せめてその期間内は手放さず置いておくことにしました。
唐突ですが、車のフロントのデザインってよく、顔に例えられますよね。ヘッドライトが顔、メーカーのロゴが鼻、フロントグリルが口。
見積もりをとってからというものの、駐車場に停まっている車の横顔が、なんだか哀しくしているように見えました。
もしかすると、これまでも人知れずこんな表情をして、自分に乗られる機会を待ってくれていたのかもしれません。

手放すまでの期間内で、本当はもっとあちこち乗り回したかったのですが、引っ越しの準備もありあまり時間が取れず…。
車に乗れたのは、ディーラーへと持ち込む数日前。その日は出勤日だったこともあり、夕方からになってしまいました。
短い時間ではありますが、ラストランと称してドライブすることにしました。
最初に訪れたのは、車で1時間ほど走ったところにあるスーパー銭湯。朝風呂が安くてよく行くところです。
最寄り駅からマイクロバスが出ていますが、車内が混みあうことが多く、かつバスの時間も気にしないといけないので、マイカーのほうがゆったり過ごせて好きでした。
色んなお風呂に浸かりながら1時間ほど過ごし、次の目的地へ向かうことにしました。何回か行ったことのある場所で、カーナビに目的地を設定するためには過去の履歴を辿りました。履歴に出てくる設定日の頻度月に一度あるかないかで、自分が引き出せたこの車の価値のすべてがこれなのだと思いました。
目的地設定も終わったので、銭湯を出て走り出しました。
道中、コンビニに立ち寄ってエナジードリンクを一本買いました。運転中、眠気があっても無くてもしばしば飲んでおり、これを飲むと「運転するモードの自分」になれる気がしました。運転しながらエナドリを飲むこともしばらく無いんだろうなと思うことで、カップホルダーに置かれたその一本に特別な意味を見出そうとしました。

これまた1時間ほど走って到着したのは、「海の上に浮かぶパーキングエリア」こと、海ほたるパーキングエリア。
特に行きたい場所が思いつかないながらも、非日常感を味わいたいときに来ていました。
展望デッキに出ると、自分以外はみなカップルや友人連れといった顔触れ。
時間は夜の22時頃。きっと深夜テンションで来ていた人たちも多かったことでしょう。そんなアッパーな雰囲気が漂う中で、自分の存在やここに居る動機が至極似つかわしくなく思えました。海の向こうに東京タワーや東京スカイツリーが見えるなぁとか思いつつ、所在無さげに辺りを散策しました。
時間も時間なので、ほとんどのお店が閉まっていました。ソフトクリームぐらい食べられたら嬉しいなと思いつつ車を走らせていたので、まだ開いていたコンビニでアイスを一つ買いました。海の見えるベンチに座りつつアイスを食べて、ふと腕時計を見やると時間は22時30分といったところ。
そろそろ潮時かなと思い立ち、駐車場に向かいました。自分の車は停めた場所から動くこともなく、ずっとその場で待ってくれていました。

自宅までの帰り道。
道中の首都高を、ナビに従ってそつなく乗りこなしていきます。
初めて乗ったとき、もとい車をもつ前は「乗り換えが複雑すぎて、事故や乗り過ごしが嫌だ」と思っていたのですが、今となっては「やってみれば案外無事に乗りこなせるな」と感じています。
思えば、この車を手にしてから経験してきたことの大半が「やってみれば案外どうにかできた」ことでした。狭いスペースへの駐車、細い路地の走行、実家までの長距離運転、などなど…。
なにより、「車を手にすること/持ち続けること」自体も、やってみたら案外できたことだと言える気がします。
必要な費用を確保して車を購入。駐車場を確保するための手続き。自動車税の支払いや車検といった通年でのルーティン。などなど…。

マイカーのある生活は自分に色んなことを教えてくれた気がしますし、そんな生活を送ってみて、やっぱり「楽しかった」と思えました。
「人馬一体」とはよく言ったものです。昔は、馬は移動手段であるのと同時に家畜として、家族の一員として可愛がられていたのだと思います。
現代ではそれが車やバイクに変わって、単なる移動手段のみならず、どこか「家族」や「相棒」と言える存在として受け入れられているように思えます。
最初は「マイカーのある生活が知れればこだわりは無い」ぐらいの気持ちで手にしたこの一台も、気づけば自分にとって大事な存在になっていたようです。
そんな気持ちが募る中、自分を乗せた車は自宅に到着しました。
この横顔を見るのもこれで最後か、と思いつつ車を降りました。

ディーラーへの入庫当日。
この日はやけにカラッとした気分で、ちょっと点検にでも出そうかなといった心持ちでした。
車を持ち込んで、必要な書類を数枚書いて、あれこれ返ってくるお金の説明を受けて終わり。
なんとも呆気なかったです。「マイカーのある自分」から「マイカーの無い自分」へと生まれ変わったような感覚はなく、それでもここに来るときに乗ってきた車に乗って帰ることはできず、ディーラーを後にしました。

以上、マイカーのあった頃の話をしてみました。
今頃、あの車も別の人の手元に渡って元気にしているのかな。自分が持っていた頃よりも元気だったらいいな。
なんだかそんな気持ちとともに、当時のことを思い出します。

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