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ミュージシャン、審査に通る
「◯◯(本名)さん」
「はい」
「この、ご職業の『個人事業主』というのは」
「はい」
「失礼ですが、こちらはどのような」
「あ、あ、お、音楽関係です」
「なるほど〜、音楽関係。失礼ですがどういった内容で」
「演奏活動などを」
「あー、バンドとかされてる感じの?」
「あ、いや、バンドはやってなくて」
「あ、バンドマンではない?」
「はい、あの、バンドマンではなくて、その〜、依頼されて演奏しに行くタイプのミュージシャンで」
「なるほど〜」
「そんな感じです」
「えー、それではですね」
「はい」
「収入を証明できるものって何かお持ちですか?」
「あ、確定申告の控えと源泉徴収票でしたら、こちらに・・・」
「はい、拝見します」
「どうぞ・・・・・・あの」
「なんでしょう?」
「(このぐらいの稼ぎで)審査通りますかね・・・」
「んー、ぶっちゃけ、実際のところは保証会社さんと大家さんの匙加減によるんですよね〜」
「ですよね・・・」
「信用情報なども含めて一度審査に入らせていただくので、長くて1週間ほどみていただければと思いますね」
「・・・◯◯(不動産屋の担当)さんの意見を伺いたいんですけど」
「はい」
「通る確率どのぐらいありそうですか?」
「これ(ぐらいの収入)でしたら、カードローンの滞納や犯罪歴などがなければ・・・おそらくは大丈夫かなと・・・」
「はぁ」
〜1週間後〜
通った。
『個人事業主』などと言えば聞こえはいいのだけれど、実際のところ案件がなければフリーターとなんら変わらない。安定性が低いと金融機関からみなされるため、たとえば住宅ローンなどは極めて通りにくい。ミュージシャンに限らず、役者、イラストレーターなども同様の悩みを抱えることになる。
セッションミュージシャンの主な収入源は「業務委託による報酬」となる。ライヴ1本、レコーディング1曲、稼働日1日分、リハーサル1回分などなど、プロジェクトによって単位や内訳は異なるけれど、基本的には成果報酬型の単発契約となるので、反復継続を見込める現場を可能な限り抱えるのが生き抜く方法の最短ルートだったりする。
(レギュラー起用されたとしても組織体制の変更や不祥事、大人の事情などで暇を出されることもある・・・)
僕の場合は上記に加えて
・ドラム講師としてのレッスン料
・オーディオデータの納品
・実演家としての二次使用料の分配(年に2回)
などがある。
この辺りの並列処理ペースは、抱えている案件の単価やリソースの消費度に応じて調整する。極端な例になるが「1本10万」の案件が月に2本あれば暮らせてしまう。しかしながら毎月それがあるわけではない上、今後続いていく保証もないので”抱えている仕事を整理・調整する”という発想に至れないでいる。3万円の案件が1本しかなければ、その月の収入は3万円となる。これではとても暮らせはしないので、必要に応じてアルバイトを掛け持ちするミュージシャンも当然多い。
僕のような作詞作曲といった創作行為に拠らない”演奏主体”ミュージシャンは、とにかく顔を覚えてもらって、数をこなしていくほかにない。来た仕事は基本的に断らないので、どれだけ今月の本数だけで数ヶ月を乗り切れそうであろうとも油断は一切しない構え。コロナのような予測範囲外からの痛烈な長期的ダメージを喰らう可能性も(二度とあって欲しくはないけれど)今後もないとは言い切れない。怪我や病気もある。
コロナ禍が鳴りを潜め始めた2023年は、ようやく仕事量もコロナ以前に追いつくかどうか、といったところまで来ていて且つ、キャリア史上最高月収を叩き出せたのも、収入証明という紙面の効力を発動させるファクターとしては大きかったと思う。兎角、運が良かった。”審査”と呼ばれる類のものは基本的に落ちていてもなんら不思議ではないのだ。
ときおり「どうすればプロのミュージシャンになれますか?」といった質問をもらうことがあるのだけれど、がむしゃらにやってたらいつの間にかどうにかこうにか生きられるようになっていたので、問いに対する答えを持ち合わせていない。今の自分がちゃんとプロフェッショナルでいられているかどうかも、実はよくわかっていない。
本当に、もう、これ以外の最適解を今後出せる気がしないのだけれど「愛されること」に尽きると思う。仕事を頼みたい、一緒に音を出したいと思ってもらえる人になる、目指す、在ろうとする、という姿勢から始まるんじゃないかな。
お金を稼ぎたいと考えるのならミュージシャンはやめておけ、とは思う。
楽器が好き、音楽が好きなら、がんばってみてもいいかもしれない。でもこれを「何がなんでも仕事として成立させる」ことに心血を注ぎ過ぎないで欲しいとも思う。”お金を稼げる演奏”と”人を感動させる演奏”はイコールじゃなかったりもする。
夢はないかもしれないけれど、毎日楽しくてしあわせなので「こういう生き方もあるんだなぁ」と一つの参考になれば幸いです。
明日から本格的な引っ越しフェーズに入る。どきどき。
読んでくれてありがとう。