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禍話リライト【猟奇人「開かずの金庫」】

Aさんの遠い親戚の家に蔵があった。
大分古いもので壁にはヒビが目立ち、骨董品なども置いていないので壊すことになり、親戚総出で片付けを始めた。
蔵の中にあったのは、二束三文にもならないガラクタばかり。
ゴミ屋敷を片付けると法外な金がかかると言うが、これも似たようなものだとAさんは内心思っていた。
作業が進み、ようやく蔵の奥側に着手し始めた頃、それは見つかった。

「おい、古い金庫があるぞ」

貴重品が入った金庫なら、入り口近くに置くのではないだろうか?
また、仮に家長が亡くなった時、残された身内が路頭に迷わないように金庫の開け方などを、何らかの形で残しておくはずなのだが。
それなのに、親戚の誰一人その存在すら知らなかった。

金庫の大きさもさほどでは無く、見た目もボロボロに劣化していた。
一体何が保管されているのだろうか。
当然施錠されていたが、その鍵も錆びついていて素人にはどうにもできなさそうだ。
調べてみると、明治か大正あたりに製造されたものらしい。
そんなに古い代物なんだから、親戚一同知らなくて当然だ。
長い間、蔵の奥に人知れず隠されていた謎の金庫…。
中に何かとんでもないお宝が入ってるんじゃないかと色めき立った。
しかし、その古さと錆びつき具合から、普通の鍵屋じゃ開けられないのではないか?という話になった。
金庫屋さんを探してみるか、となった時に誰かが言った。

「古い金庫を開けてみようって、テレビでたまに見たことあるよな。テレビ局なら良い業者を知ってるんじゃないか?」

ダメもとでローカルテレビ局に尋ねてみると"開錠の様子を撮影してもいいなら業者を紹介する"
なるほど、こういうことは言ってみるものだな、とその場は俄かに盛り上がった。


数日後、テレビ局の人たちと鍵開けのプロがやってきた。
劣化が酷かった為、開錠には数時間を要したが何とか開けることができた。
開きました、の言葉と共に、金庫の扉を開けた鍵屋は思わぬ言葉を発した。

「こ、子供が!!!」

ミイラでも入っているのかと、恐る恐る覗く。中にはボロボロになった崩れかけの日本人形があった。
貴重なものなら、いくら古いとはいえ金庫の中に入っていたのだ。ここまで劣化はしないだろう。
恐らく安物だ。
かつての当主が幼い頃に使っていた物、なのだろうか?
古銭なら価値を調べたり、テレビ的にも見せ場があるが、出てきたのは調べる価値も無さそうな安物の人形.......。
これではエンタメ性が無いだろうと判断したテレビ局は早々に退散した。
鍵屋も仕方ない状況とはいえ、早とちりで叫んでしまった手前、居た堪れない空気の中、恥ずかしそうに帰っていった。
気まずい空気の親戚一同と、ボロボロの人形がその場に取り残された。
よく分からないが、人形に価値は無さそうだ。
親戚の興味はみるみる醒めていった。

しかし。
意味が分からないままでは気味が悪いということで、Aさんはその人形について独自に調べることにした。
家系図や、代々使えてきた使用人の名簿などを引っ張り出して、地道に調べた結果、やはり何の価値もない安物だった。
のだが…話は思わぬ方向へと展開した。


かつて、その親戚宅にKという男がいた。
どうやらこのKという男が金庫を購入したその人らしい。
Kは長男だったのだが、女にだらしがなく、問題を起こしては金に物を言わせて解決するようなどうしようもない奴だった。
金持ちならお座敷遊びで散財すればいいものを、妻帯者でありながらとにかく何人もの女性と関係を持っていた。
しまいには、事もあろうに使用人のNさんにまで手を出す始末。
それが父親にバレた挙句、その事が家の外にまで拡まってしまった。
時代が時代だから、外に妾を囲っているなら目をつむることも出来たが、相手が家の中にいるとなれば話は別だ。
Nさんはその家族に長く務めている使用人だ。
そんな家族も同然な人に手を出したKに、奥さんをはじめ、親戚内で同情する者はいなかった。
分が悪くなったKは、Nさんに金を盗まれたと騒ぎ立てて追い出しにかかった。もちろんKのでっち上げである。
誰がどうみても濡れ衣だったのだが…。
家名に傷がつくのを恐れた親戚たちは内心Kに呆れつつ、この騒ぎに便乗してNさんを追い出しにかかった。
Nさんに僅かばかりの手切れ金を握らせて暇を与えることにした。
臭いものには蓋をする。忌むべき村社会体質が染みついた古い家のことだ。
異論を唱えるものは誰もいなかった。


後にNさんから手紙が届いた。
(Aさんが調べ物をしていた時に、文箱の奥底から出てきたという)

「暇をもらったのちに判ったのですが、 
私はあなたとの子を宿していました。 
あなたの書斎に置いてあった金庫に、
乳飲み子を入れておきました。
鍵は私が持って行ったので開きません。
我が子を助けたければ、手段を講じたら如何ですか?」

もちろん、金庫に子供を入れたと言うのは嘘だ。
妊娠していたのも嘘で、嫌がらせであの人形を入れたのだ。
Kたちが急いで金庫を開けて、中の人形を見て肝を冷やす様を想像して楽しむ。そういう筋書きだったのだろう。
しかし、恐ろしいことにKは金庫を開けなかった。
当時の記録を照らし合わせると、手紙が来てから1週間後に金庫を自室から蔵に移している。
使用人に頼めばいいものを、わざわざ自分の悪友に声をかけて作業させたというのだから、その行為がどういう意味を成すのかは窺い知れるだろう。

自らの保身のために、自分の子供が入っている可能性のある金庫を、それを承知の上で確認もせずに蔵へと隠す。
調査を進める上で、身内にこんな人間がいたことにショックを受け、心底落胆した。それと同時に、彼がどんな最期を遂げたのかも気になったので調査を続行した。


Kはそれ以降、少しずつおかしくなっていった。
夜中に突然起き出して、蔵の方に走って行き意味不明な事を言う。

「赤子の泣き声がする。泣き声が聞こえるのは俺だけなのか?!」

当時のK宅には赤子はおろか、幼子はいなかった。
その事を伝えて家の中に連れ戻そうとするのだが、Kは納得せず同じようなことを言いながら、蔵の周りをグルグル徘徊する。そんな日が幾日も続いた。
もともと大酒飲みだったので、周りは酒のせいで頭がおかしくなったと考えた。
このまま彼が家長になっては身代を失うと判断し、かつての精神病院へ入れることになった。
当時の患者の扱いがどうだったかは想像に難くない。
大した処置を施されることもなく、Kはその病院で息を引き取った。
彼は死ぬその時まで、赤子の泣き声がすると繰り返し怯えていたという。


かたや、使用人のNさんはどのような人生を歩んだのだろうか。
Aさんは彼女についても調査を続けた。
彼女は、当時では珍しく卒寿まで生きたのだそうだ。
彼女は生きている間、金庫の一件を話さなかったのはもちろん、Kがおかしくなって死んだと風の噂で聞いたときでさえ、顔色一つ変えなかったらしい。
ただ、「そうですか」と静かに頷くだけだったそうだ。
彼女はその後も幸せな余生を送り、天寿を全うしたという。

Kが精神病院に入った事は、Nさんにとっては思わぬ産物だっただろう。
自分の人生を狂わせた男が、いるはずのない赤子の霊に怯え、罪悪感に悩まされ続け、一人病院で狂死したのだ。
彼女にとって、最高の復讐となったに違いない……。


そんな経緯を知った今、Aさんはただただ人形の処分に頭を悩ませている。


このリライトは、毎週土曜日夜11時放送の猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス「禍話」から書き起こし、編集したものです。
該当の怪談は2023/08/19放送「禍話インフィニティ 第八夜」17:20頃~のものです。


参考サイト
禍話 簡易まとめWiki様


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