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禍話リライト【怪談手帖〈未満〉「海を臨む家」】

Aさんの一族の持ち山に、普段は顧みられない廃屋があった。
緑の間から張り出すように建てられていて、遠目に辛うじて海が見えるロケーションだ。
一族の羽振りが良かった昭和の頃、遠縁の人々を住まわせるのに使われていた家らしく、その人たちが出て行ってからは管理が面倒で長いこと放置されていたのだという。

ある時、Aさんとお兄さん、従兄弟の3人は「その家を見分し直す」と言って、父方の叔父に駆り出された。
大雑把な一族には珍しく、神経質でがめつかった叔父は、家一軒の地所を遊ばせておくくらいなら壊すなり、リフォームするなり、何かに使えないかと常々目論んでいたらしい。

当日は、朝から従兄弟の車に乗り込んで山へ向かった。
人気のない麓まで来ると、山から張り出した件の廃屋が小さく見えてきた。
「記憶よりきれいだな」なんて話す車中で、あれ?と声が上がった。

兄が指さす先、廃屋のベランダに誰かいる。

「あれ、女の子だ!」

知らない少女が、縁に手を掛けた格好で海の方を見ていた。

「誰も来ないはずだけどな?」

「不法侵入か?」

従兄弟の発言をキッカケに車内がざわつき始めた。

遠目に見えるその女の子の顔が、なんだかおかしいのだ。
目と目の間がやけに離れて見える。端と端にくっついていると言っても過言ではない。いわゆる異相である。
車の窓を開けて「おいっ」と声を掛けても、叫んでみても、一向に反応しない。瞬きすらしているように見えず、誰かが放った一言で怖くなってきた。

「人形みたいだな…」

車をいったん、路肩に停める。
腹を立てたのは叔父である。

「何を怖気づいているんだ。もういい、俺が行く!」

止める間もなく、車を出て行ってしまった。
呆気にとられて見ていると、入り口から道を上っていく後ろ姿が木々の間から見え隠れする。そのまま建物に入っていったようだ。
少女はベランダに同じポーズのままでいる。

しばらくして、少女の背後の部屋に通じるドアが開いて、叔父が姿を現した。ところが、怒鳴りつけるくらいするだろうと思っていた叔父は黙ったまま突っ立っている。

「何やってんだ?あの人」

「いや、分からん」

Aさんたちが困惑して、その様子を見ているとやがて少女が動いた。
いや正確には、瞬きをしたと思ったら少女が向こうを向いていて、叔父がそれに向かって無表情のまま手を差し出していたのである。

「....…」

「えっ!」

見ていると、少女と叔父はそのまま手をつないで廃屋の中に消えていった。

ポカンとして固まった後、何拍か遅れてハッとしたAさんたちは「おい、行こう」と声を掛け合った。
何が何だか分からないが、これは何かおかしい。
今見たものが無性に怖く、おっかなびっくりではあったが車を走らせて行くと、叔父が普通に山道を降りてきた。
手を振りながら車に近づいてくる。その顔がおかしかった。
目と目の間隔がひどく離れているのだ....…ベランダにいたあの少女と同じように…。
明らかに、けれども別人とは思えない程度に、さっき一緒に来た時と人相が変わっている。

「うわ!」
兄が隣で呟き、従兄弟が呻くのを余所に、叔父はボソボソと何事かを呟きながら車に乗り込んできた。
何を言っているんだ?と、よく聞くと

「早ク帰リタイナー」と言っている。
近くで面と向かって見て、Aさんは背筋に寒気が走るのを感じた。
明らかに、先程までと目の位置が違う。
それでも恐る恐る、廃屋はどうだったのか?あの少女はどうしたんだ?と聞いてみたものの─

早ク帰リタイ早ク帰リタイ早ク帰リタイ早ク帰リタイ


そう繰り返すばかりで、さっぱり要領を得ない。
結局その後、みんな無言のままその日は叔父を送り届けた。
そしてその日以来、従兄弟も、兄も、叔父と関わりたがらなくなった。
父や祖母ら、他の家族にも叔父の顔の事を話そうとしたが、何故か取り合ってもらえなかった。
叔父本人もひどく塞いだようになり、事あるごとに、何処にかは分からないが「帰りたい帰りたい」と繰り返していたようだが、他は特に何事もなく、還暦を迎える前に病気でぽっくりと亡くなった。

後になってアルバムや遺影を見返したら、やはりあの日を境に叔父の顔は変わってしまっていた。と、思うのだが....…それ以前の叔父の写真がアルバムから1枚も無くなっていて、比べようが無い。

あの家にかつて住んでいたという遠縁の人々についても、誰も何も教えてくれないのだそうだ....…。




このリライトは、毎週土曜日夜11時放送の猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス「禍話」から書き起こし、編集したものです。
該当の怪談は2023/06/03放送「禍話アンリミテッド 第二十夜」39:35頃~のものです。


参考サイト
禍話 簡易まとめWiki様


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