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禍話リライト【怪談手帖「花氷」】

懐かしい夏の風物詩として、花氷を挙げる人はそれなりに多いようだ。
様々な花を中に入れて凍らせた、円筒形や長方形の氷の塊のことである。
昭和から平成にかけては、主に百貨店やレストラン、レジャー施設などで見られ、見た目に美しいだけでなく、冷房設備の不在を補う幾ばくかの涼をも提供していた。
ボクは子供の頃に、遊園地の片隅に並んでいたのを眺めた記憶がある。
今でも夏になればイベントなどで見られるようだが、昔ほどその機会は多くないらしい。
Cさんのその夏の記憶も、未だ昭和の薫りの濃い平成初期の頃のものだという。


当時、彼女は小学生だった。
耳を埋めるような蝉の声が響き、道路に陽炎の立つような真夏のある日—。
近所の公園に、隣町から来たという氷屋がスペースを作って、納涼の字を掲げて花氷を立てていた。
濡れた水晶のような美しい矩形の氷がいくつも並び、大きな扇風機が回っている。氷の間を涼しい風が吹き抜けて、目にも肌にも気持ちが良かった。


不可解だったのは、その辺りが町はずれに近く、当時でもそんなに住民や人通りの多くない区画だったことだ。
もっと南に行けば、観光通りや大きな市民公園があるし、ちゃんと人が来るだろうに....と、彼女は子供ながらに思った。
一方で、それにしたって人が集まらなすぎじゃないか?という不思議もあった。
暑い夏の日に、こんなに涼しげな花氷がたくさんお披露目されているのだから、もうちょっと賑わっても良い筈だ。

近所の道場の門下生達や、祭り好きな魚屋のオジサンの日焼け顔を思い浮かべながら、Cさんは首をひねった。ざっと見る限り、彼女以外だれも来ていない。
とはいえ、その時の彼女においては、氷の園を独り占めできる楽しさが勝っていた。気持ちが高揚し、花氷の間をキャッキャと走り回る。
氷に触ってはダメと聞いていたが、こっそり指先をつけたり、ソッと掠めさせたりするのもスリルがあった。


やがて、氷の一つに彼女は目を奪われた。
それは見るも鮮やかな、大輪のヒマワリを1本封じ込めた花氷だった。
まず遠目にもわかるヒマワリの見事さに息を呑み、続いてその傍らに妙なものが添えられている事に気が付いた。白いボンタンだと思った。
しかし、直ぐにボンタンは白くないと思い直し、近寄ってみるとそれは目玉だった。

眼球。  人の目。

それこそ、ボンタン程もある大きなそれは、やや楕円形で白地に虹彩や瞳孔があって、よく見れば血管らしき薄い赤いものも絡みついている。
非常にリアルな造形だったが、透き通った氷の中にある性か、ちょっと何かの宝石か鉱石のようにも見えた。
ヒマワリの黄色い花びらと、白い目玉のコントラストが映え、一方で花びらの内側の茶色い部分は、ときどき目にも例えられる通り不揃いな目玉が2つ並んでいるようでもあった。
もちろん子供心にも、それが本物だとは全く思わなかった。
最初こそギョッとしたが、人間の目はこんなに大きくない。
Cさんはむしろ凄い工作だ!と夢中で見ていた。
夏休みと言えば自由研究。これはきっと大人の自由工作なのだ。


陽光のもと、飽きずに延々と見続けてどれくらい経っただろうか。
ふと氷の中の目玉が動いたような気がした。
Cさんがエッと思った瞬間—
ギュリ、ギュリっといった感じで、それは確かに動いた。
全く間違えようもなく、Cさんの方を向いた。
あまりのことに思わず「わぁ!?」と声を上げたものの、暑さで頭が呆けていた性か、あるいは夏のお化け屋敷のイメージが先行していた性か、彼女はこちらを向いた目玉に対し、どうやって動いているのだろう?と、さらなる興味を持った。そして全く目を逸らさず、見つめ返し続けた。

するとそのうち、ヒマワリと目玉を封じた氷がジワジワと大量の汗をかき始めた。下に敷かれた赤い布がぐしょぐしょと濡れていく。溶けているのだ。
他の花氷はそのままなのに、彼女の目の前の氷だけが急速に溶けていくのである。
驚いて見つめる彼女の前で、眼球はどんどん血管が目立つ…言うなれば血走っていくように思われた。
そしてほんの数分の間に、氷はすっかり溶けきってしまった。Cさんがハッとして前を見ると、不思議なことに氷が溶けきる瞬間まですぐそこにあったはずの目玉が見当たらない…。

(どこかに転がっちゃったのかな?)

あちこち探したがダメだった。
赤い敷き布が濡れてすっかり黒くなり、ぬるい水たまりにはグッタリとしなびれたヒマワリだけが転がっている。

喧しい(かまびすしい)蝉の声を背に受けながら、ぼんやりとそれらを見下ろしていたら、不意に萎んだヒマワリがその無数の葉を百足の脚のように、細かく蠢かした。そして....…

ズッ、ズズッ、ズズズッ

こちらに向かって這いずるように動いて、呆気に取られているCさんの前で今度こそ力尽きるように動かなくなった。

(いま見たのは何かの間違いかな....…)

さすがに子供心にそう思っていると、冷たい心地よい風に交じって背後からフッとほんの一筋だけ生暖かい、まるで何者かの吐息のようなものが首筋を撫でたような気がした。

(気持ちが悪いな…)

そう思った瞬間、ふと彼女は何かから醒めたような心地になった。
この氷屋はなんだか変だ。何が変なのかはっきり脳内で言語化するよりも先に、本能的な足取りに従って公園を離れた。
歩き出すとき、もう一度振り返ってみると他の花氷の中に、いつの間にか白い目のような物が次々と現れているように見えて、そこで初めてゾッとしたのだと言う。

その公園の催しについて、主催であるはずの氷屋やそのスタッフの姿が全く見当たらず、最初から設備と花氷があるだけだったという。
あまりに異様な事実に思い至ったのは、家に帰りついてからのことだった。
街の名が入った看板だけが出自を表していたが、のちに隣町にはそんな氷屋は存在しないと判明した。


このリライトは、毎週土曜日夜11時放送の猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス「禍話」から書き起こし、編集したものです。
該当の怪談は2024/08/17放送「禍話フロムビヨンド 第7夜」 16:30頃~のものです。


参考サイト
禍話 簡易まとめWiki様


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