#33 MLSS強度の継続時間は平均55分
私の昔話
今回は私の昔話から始めさせてもらいますね。
私はロードバイクを始めて三年ほどになりました。色々なところをサイクリングすること、そしてスマートトレーナーでトレーニングをすることどちらも大好きです。
目指せ、富士ヒルシルバー組です。
大好きが高じてロードバイクのトレーニング関連書籍や論文を読むようになりましたが、皆さんもご存じのFTP、この用語について当初より困惑がありました。
真っ先に買い求めた「パワー・トレーニング・バイブル」にはFTPについて以下のように書かれています。
なるほど。一時間発揮し続けられるパワーね、と早速ランプテストを行ってFTP値を割り出しトレーニングを始めました。
しかし、です。一時間発揮し続けられるパワーのはずなのに、20分ほどそのパワーで走り続けると限界がもう目の前に見えてきます。
これあと40分も続けられない。。けど、教科書には一時間と書いてある!そう思いながらトレーニングを重ねていきました。
そして半年ほどが経って同じパワーを何分キープできるのかにチャレンジしたところ、40分をクリア!
嬉しい反面、悟りました。私にとってこのFTPの推定値は合っていない、と。
何が違うんだ?私だけなのか?メンタルが弱いのか?
色んな疑問を解消すべくFTP、そしてスポーツ生理学関連の論文を読む日々が始まりました。
改めてFTPとは
私が関心を持っていることは、
FTPだけがすべてじゃない。
FTPが高くてもロードレースでは勝てない。
といったことではありません(もちろんそうだなと思っています)。
ではなくて、何を基準にしてトレーニングを組み立てるといいのかに関心を持っています。
VO2maxやクリティカルパワー、乳酸閾値にFTP、色んな指標がある中でFTP
が基準として分かりやすいと感じた点が、
「一時間出し続けられるパワー」
という点です。しかし、パワー・トレーニング・バイブルにはもう少し説明があって、
「疲労しないで一時間出し続けられるパワー」
と書いています。疲労しない?そんなことあるの?性格柄、一度考え始めると気になって仕方がなくなってしまいました。
FTPを推定するために紹介されている20分走も限界いっぱいまで出し切るように指示があって、そのパワーを0.95倍したものがFTP。。
絶対疲労してるやん!
百歩譲って疲労については深く考えずに、そもそも一時間しっかりと走り切れる強度はどれくらいのものなのか?
そのヒントが今回の論文に書かれていました。
MLSSパワーでの継続時間
MLSSという用語は日本語では最大血中乳酸定常状態といったことを意味しています。
ある運動強度を越えると血中の乳酸値を一定の状態に保つことが出来なくなって、上昇を続ける転換点があります。この転換点となる強度をMLSSといいます。
今回ご紹介する論文は日頃トレーニングをしている男性11名で検証が行われており、平均値は身長が180cm、VO2maxが55mL/kg/min、ランプテストが320w。(私とほぼ同じステータス、論文への期待値がさらに上がりました)
参加者たちはランプテストに加えて、MLSSを測定するために4つの異なるパワーで30分漕ぎながら乳酸値の測定をするという、慎重なMLSSテストが実施されています。
そして後日、測定されたMLSSのパワーで何分間漕げるのかがテストされ、MLSSパワーでの継続時間の平均は55分、おおよそ42-68分という結果でした。
私にとってFTPの推定値は高かった
平均継続時間が55分、これは今まで調べてきた中で最もFTPの意味合いに近い研究結果でした。
そして他にも気になった結果があります。
終了時の心拍数は最大心拍数の平均86%
終了時の平均RPEは6/10=「けっこうきつい」
この論文のこの結果を読んで、私にとって推定されていたFTP値はかなり高かったんだなと腑に落ちました。
私の場合、推定されていたFTP値で20分も走れば最大心拍は90%以上になりますし、「けっこうきつい」なんてものでは済みません。20分の時点でRPEは「8:激しくきつい」ほどでした。
高めに算出されるのは、私だけ?
私にとってランプテストで算出されたFTP値が高いであろうことは分かりましたが、それって珍しいことなのか?という疑問が次に浮かんできます。
このことについては何本かの論文が出ています。前回(#32)ご紹介したものも、その一つになります。
前回の論文の結果では、18名中16名にとって20分テストの0.95倍をFTP値にすると、その値はMLSSよりも高い結果となりました。
そして10w以上推定FTPがMLSSよりも高かった、私と同じような結果の人は18名中13名。つまり私のように感じている人は結構いるのではと考えられます。
他の論文ではこれほど多い割合でMLSSが低くなっていないものもありますので注意は必要ですが、概ね推定されるFTP値はMLSSよりも高いことが支持されている状況です。
テストの結果をどれくらい補正するのが妥当?
20分走は、平均パワー×0.95がFTPと算出されます。
そしてランプテストは、最後の一分の平均パワー×0.75でFTPが算出されます。
この補正値を20分走であれば×0.9倍へすることが良いのではとする論文がいくつかあります。
ランプテストで検証している論文は見つけられていませんが、今回ご紹介している論文ではランプテストの結果×0.71倍がMLSSであったという結果でした。
ただ、20分走やランプテストの通常の補正値がMLSSになる方もいらっしゃいます。
ですので20分テストやランプテストを行って、ダブルチェックを行いたいという方(私のような)に、レビュー#31でチェック方法の提案を行わせてもらいました。
FTPはMLSSの強度が適している
今回ご紹介したこの論文に目を通したことで、MLSSがFTPという用語を上手く表しているなと考えるようになりました。
何より、一時間維持できるパワーが生理学的に裏がとれているということにすっきり感がありました。
生理学的に裏が取れてて何がいいかというと、FTPをもとにトレーニングについて誰かからアドバイスをもらえるとき、私にとっても有効である確率が高くなると思うからです。
私にとっても、あなたにとっても体の中で起きていることは同じような経過をたどっている。そう思えると、もらったアドバイスと自分の場合を比較して、貴重な示唆をもらえます。
「FTP強度でクライム中は、脚の辛さを気にしすぎない方がいい。案外回る。」
こうアドバイスをもらったことがありました。その時はまだFTP値を高く見積もったままトレーニングしていたので、気にする気にしないの問題じゃなく、60分も続かないと感じていました。
しかしMLSSの強度がFTPだと基準を変えた後は、実際にMLSS強度でクライムをしているときに、その方に言われたことが分かるようになりました。
そしてMLSS強度では血中乳酸値は一定の状態であるという知識が、疲れてパワーを弱めてしまいそうな私の背中を押してくれます。今パワー落とすのはメンタルちゃうの?乳酸溜まってきたとか言い訳はあかんで、と。
基準値の意味がはっきりしていれば、得られるものも多くなると思います。
なぜ一時間ほどで脚が止まってしまうのか?
そして今回の論文のハイライトはまだあります。
MLSSの強度は一時間前後走れる強度であることだけでも大変参考になった論文なのですが、この論文の主眼はなぜ一時間前後で脚が止まってしまうのか?を突き止めようとするところにあります。
MLSSのパワーを何分維持できるのかをテスト中、心拍数や血中乳酸値、酸素摂取量や血液ph、体温などあらゆるものが測定されています。
その結果からは、どれも生理学的なパラメーターが疲労困憊時に見られるような状況にはなっていない、つまり最大酸素摂取量になったり血液phが酸性に傾きすぎたりなどの状態には至っていないことが分かりました。
何か一つの要因で脚が止まったのではなく、体の諸々の生理学的変化、それにメンタルの要素など全てが相まって脚が止まるのでは、と考察されています。
体の一つのシステム(たとえば酸素摂取量)が限界を迎えるのではなくて、全てのシステムを一定の基準以上に稼働させ続けることが難しくなって脚が止まることも、十分ありえる話だと感じます。
MLSS強度では血中乳酸値一つをとってみても、高い乳酸値を一定の状態で維持できている状況というのは、乳酸の産生と取り込みが激しく行われていることを示しています。
良いたとえが思いつきませんが、わんこそばを食べる→入れられるの繰り返しがものすごい早いイメージが近いかもしれません。
MLSS強度は、体のシステム全体へまんべんなく高い負荷をかけている状態とイメージすることもできそうです。
おわりに
いつもの論文紹介の記事と趣を少し変えて、私の経験談を踏まえながら紹介させてもらいました。
この論文は、私にとって大きな気づきをくれた論文です。皆さんにとっても、この記事が役に立っていれば嬉しい限りです。
今回も最後までお読みくださりありがとうございました!
ご紹介した論文
Baron, B., Noakes, T. D., Dekerle, J., Moullan, F., Robin, S., Matran, R., & Pelayo, P. (2008). Why does exercise terminate at the maximal lactate steady state intensity? British Journal of Sports Medicine, 42(10), 528–533. https://doi.org/10.1136/bjsm.2007.040444