#39 ヒルクライムでトレインを組むのは効果があるの?
山岳に差し掛かるとリーダーチームはトレインを組んで山を駆け上がる。
グランドツアーではお馴染みの光景です。
この山岳トレインの有効性を検証すべく取り組まれた研究をご紹介します。
こちらの論文は、昨日公開した記事内でご紹介した海外記事で扱われていた論文と同じものです。
今回の記事では結果の解釈を、昨日の記事とは少し違った視点から取り上げてみました。
結果をまとめると、ペーサーがいることによって
4%ほどパワーが高まる
2.3%の空気抵抗削減
一定ペースからペーサーについていく走り方になり、ラストスパートは10%高いパワーに
疲れや痛みなどへの注意は下がる
といったような効果が見込めそうです。
是非、読み進めてみてくださいね。
トレインを組むこと
空気抵抗を避けてパワーを温存するため一列棒状になって、先頭を順番に交代しながら走ることを「トレインを組む」とロードレース界隈では呼ぶようです。
私は普段一人で走ることが多いので、牽いてもらうことで空気抵抗が減ることを実感する機会があまりありません。
唯一筑波二耐に出場しトレインの中で走っていた際に、一人だと200wほど出力するスピードをトレインの中にいると170wほどで走れることに驚きました。
しかし富士ヒルクライム中に、誰かの後ろにつかせてもらってもそこまで恩恵はないのかなと感じました。
一方で、グランツールを見ていると山岳ではチームトレインを組んで駆け上がるシーンをよく見ます。
正直そんなに効果あるのかな?と感じていましたが、そう思っていたのはどうやら私だけではなかったようで(安心しました)、今回の論文はまさにそのことについて検証を行ってくれています。
山岳トレインについて、空気抵抗やペーシング、心理的な要因について深堀りしてくれています。
峠道でシュミレーション実験
今回の検証には12名のアマチュアレーサーが参加しています。と言っても選手たちのフィジカルはVO2maxが68前後、FTPは4.4w/kg前後とかなりのものです。
彼らは予め試走済みの2.7kmの峠道を使って、2つの条件でタイムトライアルを実施しました。
この峠道の平均斜度は7.4%です。ちなみに富士ヒルクライムの平均斜度は5.2%。
【ペーサー条件】
e-bikeに先導してもらう
先導に対して「Go」「Wait」と声をかけることで±0.2km/hの調整をしてもらえる
【ソロ条件】
単独でタイムトライアルを行う
どちらを先に行うかはランダムに決められて、2つのタイムトライアル間には少なくとも48時間のインターバルが設けられています。
走った時間帯も同様の時間に設定されています。
具体的な表記はありませんでしたが、おそらくサイクルコンピューターの画面は数字によるペーシングをさせないため、見えないようにしていたのではないかと思います。
選手たちはそれぞれのペーシング戦術でタイムトライアルを行います。その際にダンシングはOK、ハンドルポジションは下ハン(ドロップハンドル)なしという規定です。
効果量という結果の解釈
昨日公開した記事と同様の論文ですのが、少し違った解釈をしてみます。
従来論文というものは「有意である」ということを根拠において話を進めていくものなのですが、近年はその傾向が徐々に変わりつつあって、
いわゆる「p値」と呼ばれる有意差のもととなっている数値だけを頼りにするのは違うんじゃないか?という発想が主流となりつつあります。
そのため「p値」に代わって「効果量」といった考え方が台頭してきていて、有意差とは違った視点で検証結果を見ることができるように配慮された論文が多くなり、今回の論文でも効果量の記載があります。
「効果量」という概念は有意差のように「ある」か「ない」かの2択ではなく、「どのくらいの効果があったか」を数値化してくれます。
今回の論文のように人数が少ない検証の場合は、この効果量も参照しながら読み解くと違った解釈もあり得ます。
何でもかんでも効果量だけで判断するのも危険なので、今回はp値と効果量の兼ね合いから見て、そう解釈しても無理はないなといった範囲で解釈を行ってみました。
論文著者の考察の流れとは異なっていることを、予めお伝えしておきますね。
ペーサーありの方が平均23秒速かった
ペーサー条件:平均8分42秒
ソロ条件:平均9分05秒
となり、ペーサーありの方が23秒速い結果となりました。
出力パワーを見てみると、
ペーサー条件:363w
ソロ条件:354w
同一選手内の条件差:9±16w
となっています。ペーサー条件の方が高いように見えますが、有意差視点からは「差はない」という結果になります。
論文の著者も「差はない」という観点から考察が行われています。
ここでは違った視点から眺めるために、まず個人内での条件間の差を図でご覧ください。
各選手のソロ条件とペーサー条件の差は、ペーサー条件の方が少し高かった選手が多いように見えますね。
条件間の差はペーサー条件が平均値で9w高く、そのばらつきは±16wでした。これを図で表すと右の図のようになります。
それぞれの選手の結果は、概ね緑線の範囲のどこかに当てはまります。
検証人数が少ない(12名)こと、ばらつきが大きいこと、ペーサー条件で結果が悪かった選手が3名いたことなどから、有意差的には「条件間にパワーの差はない」となります。この解釈が論文中の立場です。
一方効果量という指標的には「trivial:ささいな」効果の違いがあると評価されます。(具体的な効果量は0.18でした)
ここで整理してみます。
出力パワーが350w前後で、そのうちの9wの変化は全体の3%に満たない小さな変化。
しかし実際にヒルクライムをする当事者から見れば、9wはけっこう大きな差ですね。
そして図で見たようにソロ条件よりもペーサー条件の方でパワーが増している選手が多く(9名)、有意差検定でいうところのp値も0.05という「有意差」までにはなっていませんが0.095という値となっていました。
この意味は、もし2つの条件で平均値が同じなら、今回のように条件間で9wも異なる結果は「100回中10回未満しか起こらない結果」です。
ということで、
いわゆる統計的には有意な差ではありませんが、①現実的に9wは大きな差であること、②効果量は「trivial:ささいな」変化と評価されること、③p値も0.095となかなかの数値であることから、
この記事ではパワーの差は少しあるのではないかと考えることにします。
2.3%の空気抵抗の削減効果
今回の検証では抵抗値が算出されています。
ペーサー条件:69.2ニュートン
ソロ条件:70.8ニュートン
こちらは有意差的にみてもペーサー条件の方が低い結果に。
この結果よりペーサー条件で減った1.6ニュートン分(2.3%)が、ペーサーによる空気抵抗の削減と解釈されています。
この空気抵抗の削減はペーサー条件で23秒タイムが早くなったうちの13秒分に関わっているようです。
9分前後のクライミングで13秒分の空気抵抗の削減はかなりのものですね。
ペーサーがいるとペース配分も変わる
今回の研究ではペース配分についても検討されています。
一定のペースで走った場合のパワーを基準にすると、ペーサーがいることによって
基準値±10%以内のパワー発揮がコンスタントに続く割合が52%→46%に減少
基準値±10%以上のパワー発揮が数秒ある大きなペースの変化が29%→35%に増加
そしてラスト300mの道のりは、ペーサー条件で30w(10%)ほど高い出力になっています。
ここから、ペーサーの存在によって一定のペースを刻むような走り方からペーサーに食らいつくような走り方に変わったことが伺えます。
このことがペーサー条件の平均出力が僅かに高まった要因かもしれません。
体の内部感覚へフォーカスする度合は下がる
心理的な傾向についての質問紙調査も並行して行われ、何に注意を払っていたのかも調査されました。
路面状況などへの注意も含め、全注意を100とした場合に、疲労感や痛みなどの体の内部感覚への注意は26→21ポイントに下がっています。
こちらも有意差はありませんが、「small:小さな」効果量があります。
ペーサーについていくことに集中すると、痛みなどの感覚にはあまり敏感にならなくて済むのかもしれませんね。
まとめ
ということで、効果量という視点も含め論文の結果をまとめてみると、ペーサーがいることによって
4%ほどパワーが高まる
2.3%の空気抵抗削減
一定ペースからペーサーについていく走り方になり、ラストスパートは10%高いパワーに
疲れや痛みなどへの注意は下がる
といったような効果が見込めそうです。
前に一人ペーサーがいることでこの結果ですから、トレインを組むとより効果が出るのかもしれませんね。
この論文を読んで、ヒルクライム中のトレインって何だか凄く魅力的に思えてきました。
普段一人で走っているので、来年の富士ヒルクライムも今まで通り単独で走ろうと考えていましたが、
トレイン、いいなぁ。。。
今回も最後までお読みくださりありがとうございました。
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今後の記事もまた読みに来てくださいね。
ご紹介した論文
Ouvrard, T., Groslambert, A., Ravier, G., Grosprêtre, S., Gimenez, P., & Grappe, F. (2018). Mechanisms of performance improvements due to a leading teammate during uphill cycling. International Journal of Sports Physiology and Performance, 13(9), 1215–1222. https://doi.org/10.1123/ijspp.2017-0878