トレーニングの量と強度、ミトコンドリアはどう反応するの?
みなさんこんにちは、川崎です。この記事に目を通してくださりありがとうございます。
今回もトレーニングの量と強度にまつわる話題を展開していきます。
トレーニングを実施していく上で非常に大切な量と強度。
これらについて様々な角度から知識を深めていくことはトレーニングを有意義に、そしてより効率的なものへと飛躍させる鍵になりますので、まだまだ深堀りしていきます。
今回の主役はミトコンドリア。
度々記事に登場しているミトコンドリアですが、持久系種目であればミトコンドリアをアスリート化させるためにトレーニングを行っていると言っても言い過ぎではないかもしれません。
たとえば26kmタイムトライアル(自転車)のタイムを予測するには、VO2maxや血中乳酸などの情報よりも外側広筋のミトコンドリアの代謝能力が最も予測精度が高いとする論文があるほどです。(参考文献1)
それほどに、ミトコンドリアはパフォーマンスに直結します。
ミトコンドリアがトレーニングにどのように反応するのかは様々な側面から分析されていて、
今回ご紹介する内容はミトコンドリアのトレーニング適応に関する主要なレビュー論文2編+研究論文3編をまとめた内容になります。
ミトコンドリアがFTP強度でどのように反応するのか、高強度トレーニングやベーストレーニングでどういった適応を見せるのか、などについても展開しています。
是非、読み進めてみてくださいね。
持久力の源、ミトコンドリア
ミトコンドリアは筋線維(筋細胞)に限らず神経細胞や骨細胞、白血球などほとんどの細胞の中にある細胞小器官の一つです。
このように書くと細胞のほんの一部のように感じますが、体中のミトコンドリアを集めると、なんと体重の10%ほどになるとのこと。
私は体重75kgなので、ミトコンドリアは7.5kg。ロードバイク1台分ほどの重さになります。
ミトコンドリアは特に筋線維の中にたくさんあって、ロードバイクやランニングにとって大切な「有酸素能力」の源となるものです。
具体的には糖質や脂質と酸素をくっつけて、筋収縮のために必要なATPというエネルギーを作り出します。
このミトコンドリア、数が増えたり、大きくなったり、そしてエネルギーを作る効率が良くなったりと、トレーニングをすることで強くすることができます。
以前の論文レビュー(#25)でご紹介したように、アスリートになればなるほどミトコンドリアの数が増え、そしてよりエネルギーを作り出せるようにミトコンドリアがアスリート化されていきます(下図)。
プロサイクリストレベルになると筋線維内のミトコンドリアは私たち一般人よりも1.8倍多く、ミトコンドリアの有酸素能力も1.8倍と並外れた能力を備えています。
私たちのミトコンドリアにも何とかアスリートになってもらいたいもの。
目指せプロフェッショナルミトコンドリア!
そのためには、トレーニングをすることが最も効果的な方法です。
先ほどご紹介したように有酸素能力の源がミトコンドリアですから、
トレーニングをする
↓
ミトコンドリアがアスリートになる
↓
パフォーマンスが上がる
↓
目標を達成!
この筋道は決して言い過ぎではありません。
今回の記事では、どうやったらミトコンドリアをアスリートにできるのか?をトレーニング量と強度に関連づけてお伝えしていきますね。
ミトコンドリアの「量」と「機能」の強化に注目
ミトコンドリアをアスリート化するためには、大きく2つのポイントがあります。
量を増やす(数を増やしたり、大きくしたりする)
機能を高める(代謝能力を高める)
トレーニングを行うことはミトコンドリアにとって、活躍の場が与えられること。
嬉々としてエネルギー作りに励んでくれます。
そしてトレーニング刺激がミトコンドリアにとって、今までにないほど長い時間にわたったり、今までのエネルギー生産効率ではまかないきれないほど一挙にエネルギー需要が増えたりしたとき、適応が始まります。
ここで、実際の筋線維の中にいるミトコンドリアの顕微鏡画像を見てみましょう。
図の丸くて少し黒い球形の物体がミトコンドリアで、線状のものが筋肉が収縮するための一つの収縮ユニット(筋原線維)です。
ミトコンドリアはこの収縮ユニットにエネルギーを供給するため、その傍に密集しています。
左の画像はVO2maxが30mL/kg/minの人のもの、右が70mL/kg/minの人の筋線維の顕微鏡画像です。
ミトコンドリアの量、大きさともに有酸素能力が高い右の人で優れていることが伺えますね。おそらくエネルギーを作る効率も高いミトコンドリアだと考えられます。
右の画像のようなミトコンドリアまでには、日常生活ではなかなかなりません。
外部からの刺激があって、それに適応した結果このようなアスリートミトコンドリアを手に入れることができます。
そのような刺激を意図的に作り出すものがトレーニングと言えるでしょう。
論文中での量と機能の指標
さて、いよいよ論文の内容に入っていきます。
論文ではミトコンドリアの量を分析するためにクエン酸合成酵素(略してCS)の量を測定し、
ミトコンドリアの機能を測定するために、ミトコンドリアの呼吸(Respiration)を分析します。
以下の文章では論文表記のままでは長くなってしまうので、
・ミトコンドリアの量 →「Mit量」
・ミトコンドリアの呼吸 →「Mit機能」
※Mitは「Mitochondoria:ミトコンドリア」の略です。
という形で表記していきますね。
この2つについて、座りがちな生活をしている人の能力を100とした場合に、トレーニングをしている人やワールドクラスの人とでどれくらい違っているのかを下の図でご覧ください。
日頃運動がない人とワールドクラスの持久力を持っているアスリートでは、ミトコンドリアの量は2倍ほど違って、機能(エネルギーを生み出せる効率)は5倍ほども違っています。
これらミトコンドリアの量と機能について、トレーニングとの関係を説明していきます。
ミトコンドリアの量はトレーニング量に比例する
この図ではトレーニング介入を行う前の状態を1.0として、トレーニング後にどのくらいミトコンドリアの量が増えているのかを示しています。
トレーニング量に比例して、ミトコンドリアの量が増えていることが伺えますね。
今回参考にしている論文はレビュー論文というもので、様々な論文の結果を集約し、意見をまとめる論文です。
トレーニング量の単位が「AU:任意単位」となっているのはそのためで、様々な研究間で異なるトレーニング量や強度、週間計画などを一つにまとめています。
70%FTPでどれくらいの時間トレーニングすることに相当するのかを一例として載せておきました。
(※参考文献でも「トレーニング量」と書かれていますが、計算式は強度×時間になっていますので、厳密には「トレーニング負荷」かと思われますが、論文表記のまま、トレーニング量と解釈して話を進めていきます)
一方どのような強度であれトレーニング時間を確保できるとミトコンドリアの量は増えますが、トレーニング強度の高低はあまり関係しないようです。
↑どのトレーニング強度でも効果の良し悪しはなく、一定であるという結果です。
まとめると、ミトコンドリアの量は行ったトレーニングの量に比例し、トレーニング強度はあまり関係がないといえます。
ベーストレーニング期間にはしっかりとトレーニング量を確保して有酸素能力の土台を築くことが目的ですが、ミトコンドリアの適応という視点からも、トレーニング量を確保することが大事なことが分かる結果ですね。
ミトコンドリアの機能はトレーニング強度に比例する
続いてミトコンドリアの機能、つまりより効率的にエネルギーを作り出せる能力の変化は、どうやらトレーニング強度に影響するようです。
下の図では、○や◆などのシンボルから左右に線が伸びています。これらが一つの論文の結果を表していて、トレーニング強度の違う研究を並べて検証しています。
横軸がミトコンドリアの機能の変化を示していて、1.0以上で「効果あり」、1.0以下で「効果なし」と評価されます。
伸びている横線は、論文から推測される効果の範囲を表しています。
FTPパワーで換算すると100%FTP以上の強度、言い換えるとVO2maxゾーン以上でミトコンドリアの機能向上が期待できることが伺えます。
一方100%FTP以下の強度の研究では横線が1.0の境界線をまたいでいて、効果があるともないとも言えない結果のものが多くなっています。
色々な論文を並べた結果、トレーニング強度が高くなるほどミトコンドリアの機能も高まるということが言えそうです。
VO2maxゾーン以上は速筋線維の動員が多くなることを考えると、ミトコンドリアの機能向上には速筋線維が大きく影響しているのかもしれませんね。
トレーニング量と強度の効果まとめ
ここまで見てきたミトコンドリアへのトレーニングの効果を一つの図でまとめてみました。
記載している時間は論文からの概算です。レストの時間は含めずに、該当する強度の合計時間という意味合いでご覧ください(例えば200%FTPで1.5hというのは、レストを含めずに200%FTPで走った累積時間)。
この図に用いられているデータの多くは8週間以下のトレーニング介入なので、ベーストレーニングのような強度の低くて時間を要するトレーニングの効果は過小評価されているかもしれませんが、トレーニングの全体像をつかむために役立ちます。
この論文の筆者たちは、ミトコンドリアの量と機能の両方へアプローチするためには、130%FTPなどの高強度の中でも比較的長い時間(3~5分ほど)維持できるトレーニング強度が良いのではと考察されていました。
一般人と比べてアスリートのミトコンドリアの代謝機能が5倍ほどあるということからも、ミトコンドリアの量だけではなく機能にもアプローチできるVO2maxゾーンの強度帯は、是非ともトレーニングに組み込んでいきたいですね。
ディトレーニングでミトコンドリアの機能低下は早い
最後にディトレーニング(脱トレーニング)によって、アスリート化されたミトコンドリアは元に戻ってしまうのか?を検討した論文の結果をご紹介します。
3週間高強度インターバルトレーニングを実施後に、その後2週間トレーニング量を減らしました。
そうすると3週間のハードなトレーニングによって獲得したミトコンドリアの適応は、量よりも機能面が元の状態(ハードなトレーニング前)に戻るのが早そうだという結果になっています。
おわりに
今回はトレーニングがミトコンドリアにどのうような効果があるのかを、ミトコンドリアの量と機能の面から解説してみました。
私たちのパフォーマンスの向上は、ミトコンドリアのアスリート化と密接な関係があります。
先日ご紹介した論文ではビッグデータによるトレーニング量と強度の関係を俯瞰し、今回の記事ではミトコンドリアへの効果というミクロな現象を見てもらいました。
2つの記事を読み比べてもらうと、両者の記事の関係性を読み取ってもらえるかと思います。
様々な視点からトレーニングを深堀りすることで、皆さん独自のトレーニングに対する見方が広がって、更にトレーニングが楽しく感じることを願っています。
これからも、トレーニング頑張ってくださいね!
今回も最後までお読みくださりありがとうございました。
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合わせて読んでもらいたい記事
参考文献
Jacobs, R. A., Rasmussen, P., Siebenmann, C., Díaz, V., Gassmann, M., Pesta, D., Gnaiger, E., Nordsborg, N. B., Robach, P., & Lundby, C. (2011). Determinants of time trial performance and maximal incremental exercise in highly trained endurance athletes. J Appl Phys, 111, 1422–1430. https://doi.org/10.1152/japplphysiol.00625.2011.-Human
Larsen, S., Nielsen, J., Hansen, C. N., Nielsen, L. B., Wibrand, F., Stride, N., Schroder, H. D., Boushel, R., Helge, J. W., Dela, F., & Hey-Mogensen, M. (2012). Biomarkers of mitochondrial content in skeletal muscle of healthy young human subjects. Journal of Physiology, 590(14), 3349–3360. https://doi.org/10.1113/jphysiol.2012.230185
Bishop, D. J., Granata, C., & Eynon, N. (2014). Can we optimise the exercise training prescription to maximise improvements in mitochondria function and content?Biochimica et Biophysica Acta, 4, 1266–1275. https://doi.org/10.1016/j.bbagen.2013.10.012
Granata, C., Jamnick, N. A., & Bishop, D. J. (2018). Training-Induced Changes in Mitochondrial Content and Respiratory Function in Human Skeletal Muscle. Sports Medicine,48, 1809–1828. https://doi.org/10.1007/s40279-018-0936-y
Granata, C., Oliveira, R. S. F., Little, J. P., Renner, K., & Bishop, D. J. (2016). Mitochondrial adaptations to high-volume exercise training are rapidly reversed after a reduction in training volume in human skeletal muscle. FASEB Journal, (10), 3413–3423. https://doi.org/10.1096/fj.201500100R