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酸素摂取量(VO2)を理解する

酸素摂取量(VO2)や最大酸素摂取量(VO2max)という知識について、そのバックグラウンドを解説してみました。

特に持久系競技に励まれている皆さんにとっては大切な知識となってきますので、是非最後まで読み進めてみてください。


1. 酸素摂取量(VO2)とは

酸素摂取量は「摂取量」という言葉から、吸い込む酸素の量⇒肺活量が思いが浮かびますが、異なった概念になります。

酸素を「吸い込んだ量」というよりも、「利用した量」というイメージが正しいです。

酸素摂取量は「一分間に利用した酸素の量」を意味しますが、もう少し詳しくお伝えすると、「一分間に体中のミトコンドリアがATPを作るために利用した酸素の量」であり、筋肉の他にも、脳や心臓、肝臓などあらゆる組織のミトコンドリアが利用した酸素の合計です。(下図)

たとえばサイクリング中の酸素摂取量の内訳は、脚が77%、呼吸筋(腹筋などの体幹筋も含む)で15%、その他(心臓や脳、肝臓など)で8%ほどとされています。(下図)

参考1

取り込んだ酸素の大半を、脚のミトコンドリアが利用していることがうかがえます。

この酸素摂取量(VO2)、運動中は強度に応じて調節されているわけですが、その推移を知ると酸素摂取量についての全体像が把握できます。

そこで、主要なフェーズを二つに分けて説明していきたいと思います。

まず運動開始直後は最適な酸素量を供給できる体制は整っておらず、安定するまでにある程度時間がかかります。これがフェーズ1。

そしてフェーズ1完了後、特にFTP(1時間維持できるパワー)以上のパワーを発揮するとき、FTP以下の強度とはまた違った酸素摂取量の特徴が現れます。こちらをフェーズ2とします。

これらのフェーズについて、詳しく見ていきましょう。

◆フェーズ1:Primary Component

運動開始直後は血液循環などの体制が整っていませんので、運動強度に必要なだけの酸素を脚に届けるには少し時間が必要です。

この、安静な状態の低い酸素摂取量から必要な水準まで立ち上げるフェーズはprimary componentと呼ばれます。

primary componentはトレーニング状況や体質など様々な影響を受け、人によってその早さが異なります。(下図)

参考2

早い人だと一分後には必要な酸素量を確保できているものの、遅い人だと三分経っても必要量に少し足りていません。

酸素摂取量の立ち上がりが早いと、レーススタート時の無酸素性のエネルギーの消費(酸素負債と呼ばれます)を抑えることができ、競技においては有利に働きます。

たとえばこの立ち上がりのフェーズが一分で完了する人と、二分で完了する人がいた場合、一分で完了する人の方が、無酸素的に補わなければならないエネルギー(酸素負債)が少なくて済みます。(下図)

無酸素エネルギーは限りあるものですので、スタート直後に消費を抑えることができれば、後々の勝負どころのために無酸素エネルギー(クレアチンリン酸やグリコーゲン)を温存することができます。

この酸素摂取量の立ち上がりフェーズ(primary component)は、適切なウォーミングアップによって早めることができるとされています。

それについては「3. 酸素摂取量Tips」にてご紹介していますので、読んでみてください。


◆フェーズ2:Slow Component

フェーズ1(primary component)以降の推移は、FTP(MLSS)以下の強度では一定で推移していきます。(下図)

※この記事ではFTP(一時間維持できる最大パワー)=MLSS(最大乳酸定常)としています。MLSSはLT(乳酸閾値)とほぼ同様の意味合いです。測定方法や定義によってはFTPとMLSS、LTのパワーは異なりますが、色々と用語を出すとややこしいので、全て同じ意味であるとして、FTPに統一して話を展開していきます。

ところがFTP以上の強度になると様相は一変し、徐々に上昇を続けます。(下図)

参考3

このようにFTPパワー以降では酸素摂取量が徐々に高まっていくことが知られており、このフェーズを「slow component」と呼びます。

slow componentの興味深い点は、パワーが一定であったとしても、必要な酸素量が増えていくことにあります。

たとえば200ワットで巡行しているとしましょう。

もし200ワットが皆さんにとってFTP以下の強度であれば、長時間巡行していても酸素摂取量は変わらずに一定です。

必要なパワー(200ワット)が変わらないのですから、そのパワーを維持するのに必要な酸素量が変わらないことは自然です。

ところが200ワットが皆さんにとってFTP以上であれば、時間とともに酸素摂取量が増えていく(=slow component)のです。200ワットを維持するのに、必要な酸素量がどんどんと増えていきます。

この差は一体、何なのでしょうか?

その大きな二つの要因として、FTP以上の強度では①筋疲労の進行、②速筋線維の追加動員、などによって有酸素エネルギーの需要が増えてくるためと考えられています。

より踏み込んだ内容は「3. 酸素摂取量Tips」でご紹介していますので、読んでみてください。

以上、酸素摂取量(VO2)とは何かを知ってもらい、特徴的なフェーズをご紹介しました。

ところで、酸素摂取量はミトコンドリアと非常に密接な関係にあります。

ミトコンドリアについてもいくつか記事を書いていますので、読んでみてください。



2. 最大酸素摂取量(VO2max)とは

続いて、多くの人の関心事であろう最大酸素摂取量(VO2max)についてご紹介していきましょう。

最大酸素摂取量とは一分間に利用できる酸素の最大量を意味します。

一般成人の基準値としては、以下のようなものがあります。

単位はmL/kg/minです。

プロサイクリストになってくると、70以上が当たり前のような世界になってきますが、いかに別次元の能力であるのかが分かります。

この最大酸素摂取量が動員される強度帯は110%-150%FTPほどの、比較的狭い範囲になります。

100%-110%FTPではslow componentによって酸素摂取量は増加していくものの、VO2maxに至る前に疲労困憊になることがほとんどです。一方150%FTP以上では強度が高すぎるため、VO2maxが動員される前に疲労困憊になります。(下図)

VO2maxが動員される強度帯は、そこまで広くない。

またタバタトレーニングのような、200%FTP→レストを繰り返すようなインターバルでも、VO2maxに至ります。(参考4)

パワーゾーンの呼び名として「VO2max領域」といったものがありますが、これはそのパワー領域(それ以上でも以下でもないパワー)でVO2maxに至るということから命名されているものと思われます。

最大酸素摂取量(VO2max)が高いことは有酸素能力が高いことの証なので、アスリートにとってVO2maxは高いに越したことはありません。

ただ、持久系競技の選手にとってはVO2maxの高さに加えて、FTP(=MLSS、LT)が何%VO2maxの酸素摂取量で現れるのかが重要になってきます。

たとえば、一般的な人では60-70%VO2maxほどの酸素摂取量の時点でFTPになりますが、パフォーマンスレベルの高い人では70-80%VO2max、場合によっては90%VO2maxに近い時点でFTPになります。(参考5)

VO2maxが60の場合。

高い水準の%VO2にFTPが現れるということは、沢山の酸素消費を維持できる、つまり高いパワーを維持できることになりますので、FTPは高くなります。

逆に低い水準の%VO2maxにFTPが現れると、それ以上パワーを上げるとslow componentが発生するため、パワーを長くは維持できません。

なぜ同じVO2maxなのに、slow componentが発生し始めるポイントが変わってくるのか?(=FTPが異なるのか?)については次のトピックでご紹介していきます。


以上、酸素摂取量についての全体像をご紹介してみました。ここからは、さらに掘り下げた内容をご紹介しようと思います。



3. 酸素摂取量Tips

◇同じVO2maxなのにFTPが異なる理由

先ほどのトピックでは、同じVO2maxでもFTPが変わってくることをお伝えしました。

その理由として、筋線維の疲労耐性の違いが挙げられます。

筋線維は疲労するとpH低下など、線維内の化学組成がどんどんと悪化していき、同じ量のエネルギー(ATP)を使っても生み出せるパワーが目減りしていくことが知られています(下図)。

参考6

特にFTP以上のパワー帯では化学組成の悪化をリカバーすることが難しく、このような現象が顕著になります。

たとえば同じVO2maxを持った二人が、320ワットで巡行しているとしましょう。

一方にとっては筋疲労が進むほどの高いパワー、そしてもう一方にとっては筋疲労がそこまで進行しないパワーであったとすれば、時間が経つごとに酸素摂取量に違いが出てきます。(下図)

図左側の選手はこのままいけば酸素消費がかさんでいき、近いうちに320ワットをキープできなくなるでしょう。一方右側の選手はまだまだ余力があります。

この場合、320ワットは左側の選手にとってFTP以上、右側の選手にとってはFTP以下の強度と言えます。

このような理由から、たとえ同じVO2maxであったとしても、筋の疲労耐性の違いによってFTPとなるパワーが変わってくると考えられます。

事実、同じVO2max(73mL/kg/min)のプロサイクリストとアマチュアサイクリストを比較した研究で、FTPに大きな違いが伺えます。(参考5)

参考5

ここから、VO2maxの高低だけではパフォーマンスは決まらないと言えるでしょう。とは言えVO2maxは高い出力を出すための土台なので、非常に重要であることは変わりません。


◇速筋線維とslow component

slow component(酸素摂取量が徐々に高まること)には速筋線維が大きく関係しており、速筋線維の動員が多いほどslow componentも大きくなります。

※slow componentが大きくなることは余剰の酸素が必要になってくることを意味するので、持久系競技にとっては不利なことです。

速筋線維は遅筋線維に比べて強く、速く収縮できるものの、以下のような性質を持っています。

  • 遅筋線維よりも収縮するためのコストが高い

  • 遅筋線維よりも疲労耐性が低い

この二つの性質を補うためには多くの酸素が必要になってくるので、slow componentが高くなってしまう、といった具合です。

また、一般的に速筋線維は出力が高まるにつれて、動員数が増えていきます(下図)。

強度が高まるほど速筋線維の動員が増えることから、100%FTP以降の高い強度では余剰の酸素が多く必要(=slow component)になってくると考えられます。

また、太ももの筋肉(外側広筋)の速筋線維の割合が5%増えると、slow componentが2%増える(酸素消費が増える)傾向にあるという結果も発表されています。(下図)

参考7

更に興味深いことに、速筋線維の動員が多いと考えられるハイケイデンスの方がslow componentが大きい傾向にもあるようです。(参考9)

ただ、ケイデンスと筋線維の動員は非常に複雑な問題なので、ハイケイデンス=速筋線維の動員が多いとは一概には言えないことには注意をしておきたいところです。


◇w-upとprimary component

最後に、ウォーミングアップ(プライミング)のprimary componentへの影響をご紹介します。

もう一度整理しておくと、酸素摂取量の立ち上がりフェーズであるprimary componentを早く立ち上げられるほど、無酸素性のエネルギー消費を節約できます(下図)。

たとえばレーススタート後のアップテンポな展開で無酸素エネルギーを節約できれば、終盤の大事なところまで無酸素エネルギーを温存できます。

特にレースが短時間で終わる、無酸素エネルギーが重要になってくる場合には、考慮すべきことになります。

そしてウォーミングアップの効果を4kmタイムトライアルで比較した研究では、ウォーミングアップによってスタート直後の無酸素エネルギー消費が少なくなるという結果となっていました。(下図)

参考10

ウォーミングアップの効果を出すために重要なことを整理すると、以下のような点にあるようです。

  • 無酸素エネルギーを消費しすぎない(110%FTP以上で追い込みすぎない)

  • FTP付近のパワーを5分前後

  • ウォームアップ後、時間をあけすぎない(10分前後)

ただ、ウォーミングアップがprimary componentの立ち上がりにどう影響するのかは論文によって意見が分かれていますので、皆さんご自身で試す必要はありそうです。

ツールドフランスなどの個人タイムトライアルでは、直前までウォーミングアップをしている様子が伺えますが、primary componentを早く立ち上げるという効果も期待されてのことでしょう。



おわりに

今回の記事では、酸素摂取量という知識について整理してみました。

最大酸素摂取量(VO2max)なども普段から耳にすることの多い用語ですが、改めて理解を深めると、また違った視点を持てるはず。そこからご自身の体やレーニングの理解が進むこともあると思います。

今回の記事が、そのようなことにお役に立っていれば、嬉しい限りです。

共に学びを続けていきましょう。

皆さまの豊かなスポーツライフを応援しています。

今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました!

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参考文献

  1. 酸素消費の割合
    Harms, C. A. (1998). Effects of respiratory muscle work on cardiac output and its distribution during maximal exercise. Journal of Applied Physiology, 85, 609–618.

  2. フェーズ1
    Jones, M. (2005). Oxygen uptake dynamics: From muscle to mouth - An introduction to the symposium. Medicine and Science in Sports and Exercise, 37(9), 1542–1550.

  3. フェーズ2
    Burnley, M. (2007). Oxygen uptake kinetics as a determinant of sports performance. European Journal of Sport Science, 7(2), 63–79.

  4. タバタ
    Tabata, I. (2019). Tabata training: one of the most energetically effective high-intensity intermittent training methods. Journal of Physiological Sciences, 69(4), 559–572.

  5. プロとアマチュアの違い
    Pardo, J., & Lucía, A. (1998). Physiological Differences Between Professional and Elite Road Cyclists. International Journal of Sports Medicine, 19(5), 342–348.

  6. 筋生理
    Fitts, R. H. (1994). Cellular Mechanisms of Muscle Fatigue. REVIEWS, 74(1).

  7. 速筋線維のslow component
    Pringle, M. (2003). Oxygen uptake kinetics during moderate, heavy and severe intensity “submaximal” exercise in humans: The influence of muscle fibre type and capillarisation. European Journal of Applied Physiology, 89(3–4), 289–300.

  8. 筋収縮のコスト
    Stienen, M.(1996). Myofibrillar ATPase activity in skinned human skeletal muscle fibres: fibre type and temperature dependence. In Journal of Physiology (Issue 2).

  9. ケイデンスとslow component
    Pringle, M. (2003). Effect of pedal rate on primary and slow-component oxygen uptake responses during heavy-cycle exercise. J Appl Physiol, 94, 1501–1507.

  10. w-up
    Palmer, D. (2009). Effects of prior heavy exercise on energy supply and 4000-m cycling performance.

  11. MLSS
    Baron, B.  (2008). Why does exercise terminate at the maximal lactate steady state intensity? British Journal of Sports Medicine, 42(10), 528–533.

  12. slow component
    Zoladz, J. A. (2008). Progressive recruitment of muscle fibers is not necessary for the slow component of VO2 kinetics. J Appl Physiol, 105, 575–580.

  13. FTP前後のVO2動態
    Iannetta, D. (2018). Metabolic and performance-related consequences of exercising at and slightly above MLSS. Scandinavian Journal of Medicine and Science in Sports, 28(12), 2481–2493.

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