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無酸素パワーについて考える -スプリントパフォーマンス向上に向けて-
エネルギー代謝能力は大きく有酸素性と無酸素性の二つに分けられ、どちらもスポーツにとって重要だ。
有酸素性の代謝能力は、酸素マスクをつけることで直接測定することが可能だ。一方で無酸素性の代謝能力(無酸素パワー)は、それに関わる物質を直接測定することが困難であり、研究は有酸素能力ほど進んでいない印象がある。
今回の記事ではそんな無酸素パワーについてご紹介し、スプリントパワーを向上させるためにはどういった事柄に注目する必要があるのかを考えてみた。
1. 無酸素性のエネルギー代謝
無酸素性のエネルギー代謝は「ATP-PCr系」と「解糖系」に分類されることが多いので、それぞれを説明していこう。
◆ATP-PCr系
ペダルを回す、走る、泳ぐ、どのような運動をするのにも、筋肉を収縮させることが必要だ。
それにはもちろんエネルギーの消費を伴い、より的を絞った言葉を使えば「ATPのエネルギーを利用する」ということになる。そこでまずは、ATPについて知ってもらいたい。
ATPについてのややこしい話を省いて比喩的にたとえるなら、ATPは飼い主が暴れん坊の犬をリードで引っ張っているイメージである。
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飼い主であるADPは暴れん坊(Pi)の溢れるエネルギーを何とか繋ぎ止めているのだが、リードがプツンと切れると犬は赴くままに走り去ってしまうだろう。ATPはADPとPiに分かれ、そうしてエネルギーが解放される。
筋肉ではこの解放されたエネルギーを収縮装置が受け取って、動力に変えるという仕組みだ。
だから、ATPが無いことには筋は収縮できない。もっと大きく捉えれば、体のあらゆる働きはATPからエネルギーを受け取ることで機能するため、ATPがなければ私たちは生きていけない。それほど重要な物質なのである。
しかしこのATP、拡散スピードがそこまで速くない。言い換えれば、あまり脚が早くない。これは筋肉にとっては致命的で、ATPが作られても、それを収縮装置の所まで運ぶのに時間がかかりすぎてしまう。
細胞はすごくミクロな物体だけれど、空間的な問題は無視できない。それは私たちにとって1km先のコンビニは少し遠いと感じるが、地球という規模から見れば何ともないミクロな距離に思えるのと似ているかもしれない。
どうにかしてATPを素早く収縮装置まで運びたい。
そこで登場するのがクレアチン(Cr)だ。クレアチンはATPに比べると拡散スピードが格段に速く、効率良くエネルギーを他の場所にお届けすることができる。この利点から、筋細胞(線維)はクレアチンにエネルギーを一旦預けて目的の場所まで運ぶという戦略をとっている。
先ほどのたとえに戻ると、暴れん坊の犬(Pi)をクレアチンに引き渡す。そうしてできた物資がクレアチンリン酸(PCr)であり、拡散速度はATPの7倍ほども早い。
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さらに都合のよいことに、クレアチンリン酸はワンステップでリン酸(Pi)をADPに引き渡し、すぐにATPを合成できる。極めつけは細胞内に沢山ストックすることができ、その数はATPの約10倍を誇る。(参考1)
なんて素晴らしい物質だろう。採用しない手はないではないか。
ということで実装されたシステムを、私たちは「ATP-PCr系」と呼んでいる。クレアチンリン酸(PCr)という形でエネルギーをストックし、必要な場所へ最速で向かい、そこで再びATPを合成する。
このような特徴から、ATP-PCr系は全力スプリントの開始6秒ほどで主要な役割を果たす。しかし継続時間が長くなるほどクレアチンリン酸のストックがなくなっていき、30秒全力スプリントでは最終的に安静時の8%ほどにまで低下する。(下図)
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なお、一旦消費したクレアチンリン酸(PCr)の再合成にはATPが必要である。つまり勝手に合成されるものではなく、エネルギーが必要になってくる。等価交換が必要だ(下図)。
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矢印が双方向(⇆)になっており、クレアチンリン酸(PCr)を合成するためには左方向へ進める必要があり、ATPからリン酸(Pi)を受け取っている。
このような関係にあるので、高いパワー発揮をしている最中は貴重なATPをクレアチンリン酸(PCr)の再合成に回す余裕はない。一旦少なくなったPCrはそのままの水準をキープせざるを得ない。そしてPCrのストックを回復させるにしても、その回復は有酸素性代謝で合成されたATPを使って徐々に回復していく。(下図)
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ここから、スプリント合戦が行われるシチュエーションでは、有酸素能力の高さも鍵になってくるだろう。
◆解糖系
続いての話題は解糖系。ここでは筋細胞(線維)にストックされているグリコーゲンから、無酸素的に(酸素を使わないで)ATPを生成する流れを視覚化していこう。
解糖系を開始するには、まずはグリコーゲンホスホリラーゼという酵素が活性化した状態になる必要がある。名前自体は重要ではないので、もう少し短く門番酵素と呼ぶことにする。
この門番酵素が活性化していると、グリコーゲンと呼ばれる糖の房(ぶどうのようなイメージ)から糖の粒をもぎ取り、解糖系システムをスタートすることができる。
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この門番酵素は筋細胞の中にただ一つだけある訳ではなく、細胞全体に無数に拡散している。よって筋細胞内にある沢山の門番酵素をどれだけ活性化した状態にできるのかが、解糖系で生み出せるATPの量に直接関係してくる。
そしてこの門番酵素を活性化した状態に導くものの代表物質が、カルシウムイオンである。筋の細胞質中のカルシウムイオン濃度が高くなればなるほど、門番酵素の多くが活性化され、解糖系がグルグルと機能するようになるという仕組みだ。
なので、どれだけカルシウムイオンを大量に放出できるのかが解糖系にとっての大きな関心事になる。
もしかしたらご存知の方もいるだろう。ここで登場したカルシウムイオンは、筋の収縮を開始するスイッチでもあるのだ。収縮機構の周りに張り巡らされた筋小胞体と呼ばれるパイプから、収縮指令の合図とともに細胞質へ大量にカルシウムイオンが放出される。(下図)
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だから、高いパワーを発揮するほどカルシウムイオンが細胞質中に放出され、解糖系全体がフル稼働するようになる。
この解糖系のポテンシャルはATP-PCr系の3倍ほどもあるので、ATP-PCr系よりも長い時間働くことができる。前述の30秒全力スプリントの際の貢献度合を比較してみよう。始めの6秒は両者同等だが、それ以降で解糖系の貢献度合いが高いことが分かるだろう。
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もう少し欲張って、解糖系について深堀りしていこう。
この30秒スプリントの実験には続きがあり、4分間の休息をはさんであと2セット実施されている。その3セット目でATP再合成はどのように行われているのだろうか?解糖系はしっかりと機能しているのだろうか?
下の図がその答えになる。オレンジに注目だ。
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この結果を見ると、1セット目にくらべて解糖系はもはや機能していないように見える。さきほどの話では高いパワーが発揮できていれば解糖系は活性化されるであろうはずなのに、そうはなっていない。グリコーゲンが枯渇した訳でもなさそうである。
3セット目のように解糖系が機能できていない理由は、解糖系の門番酵素(グリコーゲンホスホリラーゼ)はリン酸(Pi)の濃度が高まると、不活性になるからであると考えられている。
30秒全力スプリントの3セット目ともなると、相当疲労していることは間違いない。そんな疲労困憊の状況ではATPが利用されて生じるリン酸(Pi)、クレアチンリン酸が利用されて生じるPiなど、細胞中にPiが充満している状況になる。
それによって門番酵素は不活性になり、解糖系が使えないという事態となっているようだ。よってグリコーゲンを使い切った訳でもない。
体はエネルギーが枯渇するほどまでに自身を追い込まないよう、このようなストッパーが用意されている、ということなのかもしれない。
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補足として、解糖系の門番酵素はカルシウムイオンの他にも、アドレナリンなどのホルモンによっても活性化される。そのためスプリント前には意識を集中させるなど、メンタルな側面も重要になってくる。
無酸素代謝と有酸素代謝のダイナミックなつながりなど、更に詳しい内容を以下の記事でご紹介しているので、こちらも参考にしてみていただきたい。
参考までに、トラック競技での貢献度合いも併せてお伝えしておく。
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以上、無酸素性のエネルギー代謝について、生理学的な側面をお伝えした。
2. スプリントに必要な要素
ここからは無酸素性のエネルギー代謝が重要になってくるスプリントパフォーマンスについて、それを向上させるためには何が必要になってくるのかを具体的に考えていきたい。
そこで、「無酸素パワー容量(anaerobic power reserve)」と呼ばれる知識体系をご紹介しよう。このコンセプトを要約すると、最大無酸素パワーと最大有酸素(VO2max)パワーという二つの情報からパワーカーブを予測する。
具体的には1秒パワーと6分パワーの二つから、3分以内の時間パワーについて精度の高い予測値を得ることができる。(下図)
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コンセプトの考え方はシンプルで、1秒パワーを上限として徐々に発揮できるパワーは減っていくわけだが、その減少度合を6分パワーで計算するよというもの。
以前ご紹介したクリティカルパワー(CP)と同じような考え方であるが、CPが苦手としていた3分以内の時間パワーを上手く予測する仕様となっている。
数式をご紹介しておくが、重要ではないので読み飛ばしてもらって構わない。
POt = POaer + (POsp - POaer) × e(-0.026×time)
POt:求めたい時間パワー
POaer:最大有酸素パワー(6分パワー)
POsp:最大無酸素パワー(1秒パワー)
ここではなぜこの式が成り立つのか?ということではなく、この式が成り立つとすれば何が言えるのか?という視点から考えを掘り下げていこう。
様々なスプリント時間で発揮できるパワーが上記の式で上手く予測できるということは、スプリントパフォーマンスを高めたい場合には、無酸素パワーと有酸素パワーのバランスが大事になってくる。
たとえばある基準の能力に対して、
無酸素パワーが+100w、有酸素パワーが-100w
無酸素パワーが-100w、有酸素パワーが+100w
になった場合、どのようにパワーカーブが変わるのかを図示してみた。青のラインを基準にして、無酸素パワーと有酸素パワーのバランスが変わると得意なスプリント時間が変わってくることを見てほしい。(下図)
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このように、無酸素パワーと有酸素パワーの双方がスプリントパフォーマンスに影響してくる。どちらか一方ではなく、両方が大事だ。とは言いつつも、重要度には優先順位があるだろう。スプリント力を高めるためにはどちらを優先すべきなのだろうか?
仮にどちらかの能力を集中してトレーニングし、それぞれ10%能力が向上したとしよう。その結果が下の図である。
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シュミレーションを行ってみた結果、1分以内のスプリントにおいては無酸素パワー(1秒パワー)を高めることが優先事項と考えられ、どの時間パワーにおいてもその恩恵が伺える。(赤ライン)
VO2max(6分パワー)を高めることでも15秒パワー以降で効果が見込めるものの、その恩恵は無酸素パワーの改善で得られるもの以上ではない。(緑ライン)
今回のシュミレーションがいつでも成り立つわけではないし、どちらの能力が向上しやすいのかは個人差もあるので、参考程度に留めておいてもらいたいが、ここまでの内容をまとめておこう。
スプリント力は無酸素パワーとVO2maxによって予測できる
1分以内の時間パワーは、無酸素パワーの向上の方が恩恵が大きい
もう少し掘り下げていこう。今までの説明は、ピュアなスプリント能力の話であったが、現実のシチュエーションはもっと複雑だ。
ロードレースのゴール前スプリントにしろ、競輪でのスプリントにしろ、そのスプリントはフレッシュな体ではなく、体力を消耗した状態で競われるのが常だろう。
そうなると、どれくらい無酸素パワーを繰り返し発揮できるのか?も重要になってくる。ここでイメージしていることはクリティカルパワー・コンセプトでいうところのW'(無酸素運動容量)という概念のような、言い換えれば無酸素パワーのストックをどれだけ持っているのか?というもの。
無酸素パワーのストックが多ければ、スプリントのアタック合戦になっても最後まで脚を残すことができるだろう。
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詳しくは、こちらの記事で。
まとめると、スプリントパフォーマンス向上にとって重要な事柄は、
無酸素パワー(1秒パワー)
VO2max(6分パワー)
無酸素運動容量(W')
この三つのパラメーターを高めることだと考えることができる。
以上、私なりの考察をご紹介した。
3. クレアチンローディング
スプリントパフォーマンスはクレアチン摂取で向上が見込めるので、そちらを最後にご紹介しておこう。
始めにおことわりを入れておくと、クレアチン摂取に関しては論文によって結果が真逆になっていることもあるので、絶対に効果があるとは言い切れない。その上で、私は効果があるという立場を支持していることをご留意いただきたい。
なぜそう考えているのかも含め、以下でご紹介していこう。
まず前提としてクレアチンは体で作れるし、食事(お肉など)からも摂取できる。しかし普段の食事だけでは、筋肉にストックできるクレアチンの上限には達しないとされている。おおよそ上限の80%ほどのようだ。
そして追加のクレアチン摂取で、この上限値まで高められることが検証されている。(下図)
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一日ではその上限値まで高めることが出来ないので、5-7日ほどクレアチンを多め(おおよそ一日に20gほど)に摂取する期間を設けることが一般的だ(ローディング期間)。
新たにストックされたクレアチンの30%ほどが、クレアチンリン酸(PCr)となる。よって原理的にはATP-PCr系で生み出せるATPが増えるので、パフォーマンスアップが見込めるのではないか、ということが最もシンプルな見立てである。
クレアチン摂取の効果について肯定的な研究では、クレアチンのローディング期間後、10秒スプリント×6セットのパワーが0.8w/kgの向上(5%パフォーマンス向上)が見られているものなどがある(参考10)
ATP-PCr系の貢献が大きい短距離スプリントにおいて、クレアチンリン酸のストック増加(おおよそ10%の増加)によって5%パフォーマンスが向上することは、あってもおかしくはなさそうである。
他にも様々な研究が行われていて、参考文献では以下のように整理されている。
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具体的なクレアチン摂取のガイドラインも挙げておこう。(参考8)
◆クレアチンローディングのガイドライン
【ローディング期(5-7日)】
一日に20g又は0.3g/kg。4回に分けて摂取。
【メンテナンス期】
※高いクレアチンレベルを維持したい期間
一日に3-5g又は0.03g/kg
クレアチンは一日に2%ほどずつしか排出されないので、一度クレアチン濃度が高まれば、ずっとローディング期間ほどの量を摂取し続ける必要はない。
よってローディング完了後は一日に3-5gほど摂取し続けるイメージを持つとよいだろう。
最後に、クレアチン摂取の注意点を二つほどご紹介しておこう。
1.ローディング期間は体重が少し増えることがある
これは摂取量の多いローディング期間に起きることがある。ヒルクライムなど体重の影響が強い大会前には、特に注意が必要だろう。ご自身の場合を事前に確認しておこう。
2.筋がつりやすくなることがある
これもクレアチン摂取のアンケート調査などの論文で注意喚起がなされていることがある。まだ科学的には発生機序が不明で、本当につりやすくなるかは確定していないようだが、やはりご自身で試しておくべきであろう。
おわりに
冒頭でもお伝えしたように、無酸素能力は有酸素能力に比べてまだまだ良く分かっていない部分が多い。
そのためスプリントパフォーマンスを高めるために重要なことについての共通理解は、有酸素能力ほどは進んでいない印象だ。
今回はそんな無酸素能力について、私なりの考察を交えながら紹介してみた。そのため、この記事が絶対に正しいとは捉えないでいただけると幸いである。
スポーツ科学やトレーニングは色々な考えを持った人たちの、それぞれに試行錯誤した結果が抱き合わされて洗練されていくもの。私もその一員でありたいという思いも込めて、この記事を投稿した次第である。
皆さんの豊かなスポーツライフの一助となれば、この上ない喜びである。
また読みにきてください。
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参考文献
1.クレアチンシャトルについて
Wallimann, T. (2011). The creatine kinase system and pleiotropic effects of creatine. Amino Acids, 40(5), 1271–1296.
2.30秒スプリント時の各エネルギー代謝の貢献度
Parolin, L. (1999). Regulation of skeletal muscle glycogen phosphorylase and PDH during maximal intermittent exercise. American Journal of Physiology, 277, 890–900.
3.クレアチンリン酸(PCr)の回復過程
Chidnok, W. (2013). Muscle metabolic determinants of exercise tolerance following exhaustion: relationship to the “critical power.” J Appl Physiol, 115, 243–250.
4. トラック競技のエネルギー代謝比率
Craig, P. (2001). Characteristics of track cycling. Sports Medicine, 31(7), 457–468.
5. 無酸素パワー容量について
Sandford, G. (2019). “Question Your Categories”: the Misunderstood Complexity of Middle-Distance Running Profiles With Implications for Research Methods and Application. Frontiers in Sports and Active Living, 1.
6. 無酸素パワー容量の係数を求めた論文
Sanders, D. (2017). Predicting high-power performance in professional cyclists. International Journal of Sports Physiology and Performance, 12(3), 410–413.
7. タバタトレーニング
Tabata, I. (2019). Tabata training: one of the most energetically effective high-intensity intermittent training methods. Journal of Physiological Sciences, 69(4), 559–572.
8. クレアチンについて
Forbes, C. (2023). Creatine supplementation and endurance performance: surges and sprints to win the race. Journal of the International Society of Sports Nutrition, 20(1).
9. クレアチン摂取の経時的な変化を見た論文
Hultman, E. (1996). Muscle creatine loading in men. J. Appl. Physiol, 81, 232–237.
10. クレアチン摂取の効果が見られた論文
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11. クレアチン摂取の疑問について
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