#46 サイクリストは同じパワーでも筋出力を抑えてペダリングしている 高石さん研究①
今回もケイデンスに関する研究を行っている論文をご紹介していきます。
内容としてはどのケイデンスが最適であるかというものではなくて、90rpm前後と高いケイデンスを好むサイクリストのペダリングは、75rpm前後を好む他のスポーツ選手と比べて何が違っているのか?を検証しています。
有酸素エネルギーの消費という観点からみると、ケイデンスはだいたい60rpmぐらいで効率が良いということは様々な研究から統一された見解が出されていますが、
一般的に60rpmという低いケイデンス帯を好む人は多くありません。
80rpm前後が最も好まれるケイデンス帯で、プロサイクリストでは90rpm前後が平均になるようです。
サイクリングが持久的な運動だということを考えれば、有酸素エネルギー消費が最も少ない60rpmが良さそうなのに、なぜ高めのケイデンスを好むのか?
この疑問に対し研究者たちは様々な観点から研究を行っていますが、先日ご紹介した海外記事にもあったように、統一された見解というものはまだないようです。
逆を言えば、ケイデンスは考えがいのあるトピック。
今までにどのような観点で研究がなされているかを知ることで、結論は出せずとも見えてくるものが多々あります。
そこで今回は高石さんという、現在名古屋市立大学の教授をされている方が1994年ごろに発表した論文をご紹介していきます。
サイクリストは同じパワーでも瞬間の筋出力は抑えてペダリングしているのでは、という大変興味深い結論が導かれています。
是非、読み進めてみてくださいね。
自転車競技選手と他スポーツ選手の比較
レビュー#45の記事では、サイクリストと長距離ランナーの選ぶケイデンスが共に90rpm前後で、これはどのようなパワー帯でも変わりませんでした。
一方で一般の方はパワーが上がるにつれて徐々に低めのケイデンスを好む傾向にあって、80→65rpmと低いケイデンスになっていました。
サイクリストと長距離選手、どちらもVO2maxは同じレベルで高いという点と、一般の方が低いケイデンスを選ぶことから、体力的な要素がケイデンス選択に関係しているのではという考察がなされています。
しかしながらランナーはランニングのトレーニングによってサイクリストと同じような動作パターンを好むようになったため、ケイデンスが高くなった、つまり体力は関係がないのかもしれないという考察がありました。
今回の高石さんの研究は、この点が非常に興味深いということを論文の冒頭で述べられており、検証のために同じような研究デザインを採用されています。
体力レベルの近い 自転車競技選手vs他のスポーツ選手
この図式で、検証が展開されていきます。
<検証に参加した選手のプロフィール>
サイクリスト7名
他スポーツ(サッカー、バスケ、ラグビー、競泳、陸上長距離)選手7名
VO2maxはどちらのグループも60mL/kg/min前後
マックスパワーはどちらのグループも1100w前後
<実験内容>※要所のみ抜粋しています
200wで漕いでもらう
45, 60, 75, 90, 105rpmの各ケイデンスで5分間漕ぐ
それぞれのケイデンス中の①ペダルにかかる力、②酸素摂取量(VO2)、③筋電図を解析
筋電図というのは、脳から送られる筋肉を収縮させるための電気信号をキャッチする装置です。
大腿四頭筋(もも前の筋肉)とハムストリング(もも裏の筋肉)の筋電図をモニタリングして、サイクリストと他スポーツ選手のペダリングの違いを解析しています。
筋電図に関して詳しく知りたい方は、以下の酒井医療株式会社のサイトにアクセスしてみてください。相当詳しく書いています。
サイクリストはペダルに加える力を抑えている
まずペダルにかけた力を見ていくと、サイクリストは他スポーツ選手よりもペダルに加える力を抑えていることが分かりました。
他スポーツ選手が瞬間的にグッと踏むことに対して、サイクリストは回転に合わせて力を加えていくようなイメージかと思います。
そのため瞬間的に発生する力(ピークフォース)が低くなっていると考えられます。
具体的な数値はありませんでしたので私見になりますが、ペダルに力を加えている時間はサイクリストの方が長いようにも見えます。(下の図の波形が、サイクリストで長い?)
瞬間的に加える力を抑える分、踏む時間を少し長くしているように伺えます。
サイクリストのペダリングは酸素消費が少ない
次に酸素摂取量を比較したところ、サイクリストの方が同じケイデンスでも酸素の消費が少ない結果となりました。
これはペダルに加える力と関係しており
・他スポーツ選手
大きな力で踏んでいる=速筋の動員が多い
・サイクリスト
小さな力発揮で済んでいる=遅筋線維の活動が主体
が影響していると考えられます。
速筋は遅筋に比べるとエネルギー効率が悪いため、1回収縮するために多くのエネルギーが必要です。
このエネルギーを賄うために多くの酸素が必要となりますので、サイクリストの方が同じパワー発揮でもより経済的な結果です。
酸素摂取量の結果からも、サイクリストの方が遅筋を優位に活動させていることが伺えます。
ケイデンスが高いほど、筋活動に差あり
まずは大腿四頭筋(もも前の筋肉)に注目してもらいたいので、図の丸印(オレンジと緑)をご覧ください。
図の縦軸は活動電位の大きさを示していて、上にいくほど多くの速筋も動員されていると考えてください。
ケイデンスが60rpmのときを基準にして図を見てもらうと、他スポーツ選手はケイデンスが上がるにつれて活動電位が上昇しているのに対して、サイクリストはそこまで大きな変化はありません。
このことからサイクリストは高いケイデンスでも筋線維の動員パターンは大きく変わらないものの、他スポーツ選手はケイデンスが高まることでより多くの速筋を動員していることが伺えます。
他スポーツ選手は早い回転数に対応するために、より瞬間的に踏み込むようなペダリングと考えられます。
一方ハムストリングの筋活動は、60rpm以降サイクリストで急激に上昇しています。
ケイデンスが上がるとペダルに力を加えられる時間が短くなりますので、大腿四頭筋が同じような筋出力を行っている場合、ケイデンスが上がると大腿四頭筋が加えられる力の総量は小さくなります。
その足りなくなった分を、ハムストリングによるペダリングの引き込みの力を足すことで必要なパワーを維持していると考えられます。
ハムストリングの筋電図波形を比較すると、サイクリストと他スポーツ選手の違いは一目瞭然です。
ちなみに他スポーツ選手たちは75rpmを好み、サイクリストは90rpmを好む傾向にあったようです。
まとめ
今回の結果をまとめます。
サイクリストと他スポーツ選手のペダリングの違いを検証するため、200wのパワーで様々なケイデンス帯のペダリングを行った結果、以下のようなことが分かりました。
◆ペダルに加える力
同じケイデンスでもサイクリストは加える力を抑えているのに対して、他スポーツ選手は一度にグッと踏むようなペダリングであった。
◆酸素消費
同じケイデンスでもサイクリストの方が酸素消費が少なく済んでいたことから、サイクリストは遅筋線維が優位なペダリングであった。
◆筋電図
サイクリストはケイデンスが上がっても大腿四頭筋の筋活動はあまり変わらないが、他スポーツ選手はより速筋線維の動員が必要になっていた(より瞬間的に押し込むため)。サイクリストはケイデンスが上がるほどハムストリングの活動を増やし、ペダルの引き込みの力を強めている。
◆好みのケイデンス
他スポーツ選手は75rpm、サイクリストは90rpmを好む傾向。
前回の論文#45ではサイクリストとランナーともに90rpm前後のケイデンスを好むという結果から、体力的な要因が選択するケイデンスに影響していると考察していました。
しかし今回の筆者の方たちは、同等の体力をもった他スポーツ選手が低いケイデンスを好むこと、そしてペダリングの特性がサイクリストとはっきりと違ったことから、
ランナーが高いペダリングを好むのは、体力的な問題ではなくて長距離ランニングのトレーニングによって早いケイデンスを好む動作パターンを習得しているのではと考察しています。
ペダリングはやはり技術的なものが大きく関係しているということが伺える論文でしたね。
特に踏み込む力を分散させる(短時間にグッと踏み込まない)ような筋出力の変化とハムストリングなど他の筋肉も駆使して、ペダル一回転を有効活用していることが伺える、大変面白い論文でした。
サイクリストと他スポーツ選手のペダリングを比較することで、上記のような技術的な違いが伺えたものの、今回の論文はサイクリストが高いケイデンスを選ぶ理由を説明するものではありません。
しかしこのような技術的な変化が、高いケイデンスを好む要因になっているという考察は私としては非常に納得のいくものでした。
次回はこのようなペダリング特性をもつサイクリストが、なぜ80~90rpmという高いケイデンスを好むのかを、筋疲労の観点から検証している論文をご紹介します。
また読みに来てくださいね。
今回も最後までお読みくださりありがとうございました。
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併せて読んでもらいた記事
ご紹介した論文
Takaishi, T., Yasuda, Y., & Moritani, T. (1994). Neuromuscular fatigue during prolonged pedalling exercise at different pedalling rates. European Journal of Applied Physiology and Occupational Physiology, 69(2), 154–158. https://doi.org/10.1007/BF00609408