#45 最適なケイデンスは何で決まるのか?
先日ご紹介した海外記事では、サイクリストの熟練度やシチュエーションによってケイデンスは変わってくることが紹介されていました。
酸素需要といった代謝的な側面からは60rpmほどのケイデンスが最も経済的だけれども、筋線維の性質や他の要因も踏まえると60rpmよりも高いケイデンスが好まれて、
サイクリストの熟練度が上がっていくにつれ高いケイデンス帯が選ばれる傾向にもあるということでした。
確かに、グランツールを見ているとみんなケイデンスが高く見えます。
でも一体、なぜなんだ??
これが理由だ!という全会一致の見解はまだ無いようですが、昔から科学者たちはケイデンスが高くなる理由を探るべく、様々な検証が行われてきました。
今回ご紹介する論文は1997年に発表されたもので、20年ほど前の論文になりますが興味深い検証がなされています。
サイクリストが高いケイデンスを好むのは何故だ?という疑問に対して4つの側面から検証を行っています。
仮説1:経験は影響するのか?
仮説2:VO2maxなどのフィジカルが影響するのか?
仮説3:出力パワー帯で選ぶケイデンスが変わるのか?
仮説4:酸素需要の少ないケイデンス帯との関係
仮説1:経験は影響するのか?
仮説:経験によってケイデンスが高まるとしたら、同様のフィジカルを持った持久系ランナーは低いケイデンスを選ぶはず
仮説2:VO2maxなどのフィジカルが影響するのか?
仮説:VO2maxなどのフィジカルが関係あるとすれば、持久系ランナーと一般人は選ぶケイデンスが違うはず
仮説3:出力パワー帯で選ぶケイデンスが変わるのか?
仮説:そもそも、出力するパワーが違えば選ぶケイデンスも変わってくるのでは
仮説4:酸素需要の少ないケイデンス帯との関係
仮説:出力するパワーが高くなるほど、酸素需要の少ないケイデンス帯が高くなって、選ぶケイデンスも高くなるのか
興味深い結果が出ていますので、是非読み進めてみてくださいね。
検証方法
先ほどお伝えした4点について検証するためには、まずは検証参加者の選定が大切になってきます。
今回の検証には12名のエリートサイクリスト、10名のエリートランナー、そしてサイクリング経験はあまりない一般人10名が参加しています。
彼らのVO2max測定を終えた後に、2つの実験が行われました。
実験1:指定したパワー帯を好きなケイデンスで漕いでもらう
予め設定されたパワー帯(75w, 100w, 125w, 150w, 175w, 200w, 250w)の各条件で6分間サイクルエルゴメーターで漕いでもらいます。
その際、ケイデンスは各自自由に決めてもらいます。
実験2:各パワー出力を指定されたケイデンスで漕いでもらう
各パワー出力を、指定されたケイデンス(50rpm, 65rpm, 80rpm, 95rpm, 110rpm)でそれぞれ5分間漕いでもらったときの酸素摂取量(VO2)を測定。
検証数が多くなるので、サイクリストとランナー(100w, 150w, 200w)、一般人(75w, 100w, 150w)の3つのパワー帯で検証が行われています。
この2つの実験を行って、4つの疑問に対して検証を行うという実験アイディアです。
各パワー帯でのケイデンス選択(実験1)
まずは実験1の結果から説明していきますね。
結果をまとめると、
サイクリストとランナーで、150w以降のパワーで選ぶケイデンスはほぼ同じ(90~95rpm)
一方、一般人は低めのケイデンスを好む。そしてパワーが上がるごとにケイデンスは低くなる(80→65rpm)
下の図は縦軸がケイデンス、横軸がパワーを示しています。
指定されたケイデンスでの酸素摂取量(実験2)
次に実験2の結果についてまとめます。
ケイデンスが高くなると酸素摂取量は高くなる
このことはサイクリスト、ランナー、一般人問わず同じような結果となっています。酸素消費の観点からはやはり60rpm前後がどのパワー帯でも経済的なケイデンスのようです。
一般人の場合、ケイデンスが上がると酸素摂取量が上がりやすい
サイクリスト、ランナーと一般の方を比べると、一般の方はケイデンスが高まると酸素摂取量がグンと増える傾向にありました(下図の赤線)。
4つの仮説まとめ
以上の結果から、4つの疑問に対する結論が出そろいました。
仮説1:経験は影響するのか?:×
サイクリストとランナーの選ぶケイデンスはほぼ同じでした。この結果から、経験や習熟度には関係のない要因でケイデンスは高くなると考えられます。
仮説2:VO2maxなどのフィジカルが影響するのか?:△
ランナーと一般の方を比べた場合に、どちらもペダリングには不慣れなものの、ケイデンスには大きな違いが見られました。
このことから、VO2maxなどの持久的な能力が影響していると考察しています。
しかし普段ランナーは走ることで身につけた動作パターンがペダリングにも影響しているとも考えられると言及されています。(つまり、持久的な能力は関係ない可能性もある)
※次回ご紹介する論文では、エンデュランスアスリートの動作パターンが影響するという考えが支持されています。
仮説3:出力パワー帯で選ぶケイデンスが変わるのか?:△対象者で変わる
サイクリストとランナーでは彼らにとって低すぎるパワー(100w以下)は別として、150w以降では選ぶケイデンスに差は見られませんでした。
一方で一般の方はパワーが高くなるにしたがって、ケイデンスは低下していきました。
パワーとケイデンスの関係は対象者によって変わりそうだという結果です。
仮説4:酸素需要の少ないケイデンス帯と関係するか:×
ケイデンスと酸素摂取量を検証した実験2によって、どのようなパワー帯であっても60rpm前後のケイデンスが最も経済的であることが分かりました。
この結果から、ケイデンスの選択は酸素需要という経済的な側面とは関係のない要因によって選ばれていることが伺えます。
以上から、論文筆者の4つの仮説は検証によって
仮説1:経験は影響するのか?:×
仮説2:VO2maxなどのフィジカルが影響するのか?:△
仮説3:出力パワー帯で選ぶケイデンスが変わるのか?:△
仮説4:酸素需要の少ないケイデンス帯と関係するか:×
となり、ケイデンスが高くなる理由はVO2maxなどの持久的な能力に関係がある、もしくはエンデュランスアスリートの動作特性が影響しそうだという結果になりました。
もう少し考察
ここからはこの論文を読んで更に知りたくなったことや個人的な感想になります。
・FTP強度以降でケイデンスは上がるのか、下がるのか?
酸素摂取量とケイデンスの関係を見ると、一般の方の場合150wでケイデンス110rpmの場合に、酸素摂取量がFTP領域に届いています(下図の左の赤線)。
一般の方にとって今回の検証で言えることは
ケイデンスを上げると酸素消費がグッと増える
今回の実験で行ったパワー帯は、ケイデンスを上げると酸素摂取量は80%VO2max以上(FTPほどの強度)に近づく
サイクリスト、ランナーと比べて今回の検証パワーは一般人にとって相対的に高い
このことから、その人にとっての酸素摂取量の上限値に関わってくるような強度(65%VO2max以上など)には出来るだけ立ち入らないようにケイデンスは調節されるのかなとも感じました。(そのため、一般の方はパワー帯が高くなるとケイデンスを低くする)
今回の検証はサイクリストとランナーにとっては200w出力でもVO2maxの60%程度と、彼らにとってはそこまで高くないパワー帯でした。
このようなパワー帯ではケイデンスに変化は見られなかったものの、FTP以降の強度帯ではどうなるのかが知りたいなと思いました。
疑問4の「酸素需要の少ないケイデンス帯と関係するか」との関連で考えると、FTP強度以上などの酸素摂取量が関わってくる強度帯においては、
ケイデンスを少し落とすことで酸素摂取量を抑えられるので、少しケイデンスが落ちるのかもと思う一方で、
FTP強度以降では速筋の動員が増えることを考えると、速筋にとって最適なケイデンス帯を目指して逆にケイデンスは上がるのか?
とも思えます。
ケイデンス、奥が深いですね。
これらの点について深堀りしている論文も今後ご紹介していく予定です。
是非、そちらにも目を通してみてくださいね。
今回も最後までお読みくださりありがとうございました。
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ご紹介した論文
Marsh, A. P. , Martin, P. E., & Marsh, A. P. (1997). Effect of cycling experience, aerobic power, and power output on preferred and most economical cycling cadences. Medicine & Science in Sports & Exercise , 29, 1225–1232.
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