見出し画像

トレーニングの大局観(年間計画やピリオダイゼーション)を支える背景知識について

パフォーマンス向上を願う私たちにとって、目標達成の鍵はトレーニングにあると言えるでしょう。

そんなトレーニングについて、より一層効果を高めるにはトレーニングをどう計画すべきなのか?というテーマは古今東西あらゆるコーチや研究者、そしてアスリートにとって尽きることのない関心事です。

今回の記事では過去から現在に至る研究や理論を参照しながら、トレーニングを計画するとは、どのような現象に気を配ることなのか?について、話を展開していこうと思います。

是非、最後まで読み進めてみてください。


1. 英雄ミロの物語

リードストーリとして、「コルトンのミロ」をご紹介しましょう。挿絵からお察しされた方も多いと思いますが、牛を担ぎ続けた英雄のお話です。

イタリアのコルトンに生まれた若く才能あふれるミロは、古代オリンピックで名を上げるために、毎日鍛錬を欠かさない青年でした。

そんな彼はトレーニングの一環として、「子牛を担いで歩く」をメニューの一つに加え、長年そのトレーニングを継続することに決めます。子牛担ぎは当時のミロにとって、何とか完遂することのできるワークアウトでした。

子牛はもちろん成長して重くなっていきますが、ミロも負けていません。子牛が重くなるに従って、彼もメキメキとフィジカルを高めていき、最終的には大きな雄牛をも持ち挙げられるフィジカルを手に入れました。

そうした鍛錬の積み重ねの結果、ミロはオリンピックで華々しい成果を残し、伝説となったという物語です。

この物語がどこまで本当なのかという話はさておき、ミロが行ったような、始めは軽い負荷から始めて(牛が成長するに従って)徐々に強度を増やしていくという方法論はトレーニングにおいて「漸進性の法則」として定着しています。

当初は大きな雄牛(大きすぎる負荷)は手に負えませんが、子牛(適切な負荷)から徐々に重くしていけば、人に備わる適応力によって大きな負荷にも耐えられるフィジカルを獲得できます。

ミロの方法論(漸進性の法則)は今日でも真理ですが、この話を「負荷は一直線に高め続けなければならない」とシンプルに捉えてしまうと少し危険、ということが今回の記事のテーマの一つ。

昨日の強度よりも今日は高く、次は更に、、、という繰り返しは、いつか頭打ちになります。

体の適応はそういった直線状のものではなく、どうやら波状に変化を繰り返すもののようだ、との認識が理論的な枠組みとして捉えられたのは1900年代に入ってからのこと。

まずはその歴史の流れを見ていくことにしましょう。



2. マトベーエフ博士の彗眼

マトベーエフ博士といえば元祖ピリオダイゼーション理論生みの親として名が挙がりますが、そんなマトベーエフ博士は様々なアスリートの年間トレーニング記録を幾千と収集し、いくつもの発見をしました。

中でも注目すべき内容を一言で表すと、「一度獲得した高いパフォーマンスは、一旦喪失する時期が必ずある」という知見です。(参考1)

違う表現をすると、年間を通じて常に最高のパフォーマンスを維持し続けることは困難で、パフォーマンスが落ちる時期は必ずあり、それを経なければ更に高いパフォーマンスには到達できない、という知見。

経験的には当然のことのように感じるかもしれませんが、多くのトップアスリートの結果をまとめたとき、必ずそういった現象が認めらるということを、マトベーエフ博士が初めて科学的に実証しました。

マトベーエフ博士が示したアスリートの年間パフォーマンス変動の典型的なパターンは、下図のように紹介されています。

参考1

いくつかのパターンに分かれるものの、年間を通じてパフォーマンスに変動があることが伺えます。このような変化は、フィジカルやメンタルな要因全てによって変動すると説明されています。

最近の年間トレーニングの研究結果を参照しても、同様の傾向が伺えます。(下図)

参考2

以上のように、年間のパフォーマンスに波が生じることを明らかにしたマトベーエフ博士は、「波の周期に合わせてトレーニングを組み立てるべきである」という立場から、ピリオダイゼーション理論を提唱しました。(下図)

そしてこのような現象は、同時代に発表されたセリエ博士の「汎適応症候群」と呼ばれるストレス反応の理論体系によっても説明することができます。



3. ストレス反応、そして適応

◇汎適応症候群

体は不思議なもので、様々なストレスに対して一様に採用している対応戦略があり、その全体像は「汎適応症候群」と呼ばれる理論としてまとめられています。

こちらはストレス学説の生みの親、ハンス・セリエ博士が提唱したものです。

詳しくはwikipediaを参照いただくことにして、ここでは要所のみをお伝えしていこうと思います。

セリエ博士が見出したことは、私たちの体はメンタルやフィジカルへのどのようなストレスに対しても、同じ対応戦略を敷いているということです。

たとえば凍えるような寒さ、人間関係、ウイルス、そしてトレーニングなど、このどれもが非常事態と感知された場合に、副腎皮質のコルチゾールの分泌を高めるという反応が開始されます。(参考3, 4)

どのような刺激も、過剰になればストレス反応が起こる。

コルチゾールは「ストレスホルモン」とも呼ばれますが、危機に対応するため体の一部を消費(分解)してでもエネルギーを確保するよう全身に指令を出します。

コルチゾールで筋肉が分解(カタボリック)されると言われるのも、そうした理由から。筋肉をエネルギー資源に回します。

セリエ博士はどのようなストレス源であっても、それが過剰になればこの厳戒態勢が敷かれることを明らかにしました。

ストレス反応の流れは、以下のような推移をたどります。

参考4

警告反応期に厳戒態勢を整え、抵抗期には豊富なエネルギー資源をもって対抗します。そのため抵抗期はストレス源を跳ね返せるだけの適応を一時的に獲得した状態であり、スポーツに置き換えれば高いパフォーマンスを出せる状態ということになります。

しかしそれが長く続くとエネルギーが枯渇し始めるので、徐々に適応が失われ(疲憊期)、高いパフォーマンスを発揮できる状態ではなくなります。


◇近年のミトコンドリア研究

このようなサイクルは短期的(数日~数週間)にも、長期的(数カ月~)にも起こり得ることが、近年のミトコンドリアの研究によっても明らかにされています。

たとえばミトコンドリアを数日間、適度又は過剰なコルチゾールに晒した場合、適度なコルチゾールでは高い適応(有酸素能力の向上)を維持し、過剰なコルチゾールでは数日内に疲憊期に移行していることが伺えます。(下図)

参考5

このように、数日内でもストレスによる変化が起こることが分かります。

更に興味深いことに、長期間にわたる比較的高いストレス状況も研究されていて、日を経る中で適応の度合は上下しているものの、最終的には疲憊していることが伺えます。(下図)

参考5

これらの研究は基礎研究のものであり、ただちに人に適用できる訳ではありませんが、ストレスへの適応の推移をイメージさせてくれるものとして非常に価値が高いと感じるので、ご紹介しました。


◇新旧ピリオダイゼーションモデル

以上のように持久系パフォーマンスの要であるミトコンドリアも、ストレスが過剰になることで、短期的にも長期的にも適応→疲憊の流れがあることが分かります。

いつ疲憊期になるのかを予測することは難しいですが、いつか必ずその時が訪れます。

行き過ぎればオーバートレーニングですが、丁度よい所でストレスを減らして、次につなげることができればパフォーマンスアップが望めるでしょう。

マトベーエフ博士のピリオダイゼーションは、長期的なストレス-適応反応の波を重視してトレーニングを組み立てるコンセプトであることが伺えます。

一方で近年注目されているブロックピリオダイゼーションは、もう少し短期的な、数週間から数カ月のストレス-適応反応を重要したトレーニングサイクルで組み立てられています。

参考8

なおブロックピリオダイゼーションの一連の流れは、効果の残りやすい能力からトレーニングを積んでいく、という繰り返しが特徴です。

たとえばミトコンドリアを例に挙げると、VO2max系のトレーニングよってもたらされる適応は失いやすく、疲労抵抗(乳酸閾値など)の適応は長持ちしやすいことから、量を重視したトレーニングが先に行われます。

参考7

この記事ではそれぞれのピリオダイゼーションの方法論について、その具体的な内容には立ち入りませんが、新旧どちらのピリオダイゼーションにも共通していることは、「ストレス反応」と「適応」という現象にどう折り合いをつけてパフォーマンスを高めていくか?にあると言えるでしょう。

これまでの内容を一度整理してみます。

  • パフォーマンスを高めるには、高い負荷のトレーニングを継続する必要がある

  • しかし、高い負荷のトレーニングはストレス反応をもたらすので、良いタイミングで負荷を落とし、体を再編する必要がある(でないと、オーバートレーニングになる)

  • このようなサイクルは、週単位、月単位、年単位で変化が起きうるので、それらを想定してトレーニングを計画することが大事

  • そのサイクルを理論化したものが、ピリオダイゼーション理論である

トレーニング計画、奥が深いですね。



4. トレーニングをどう計画するか?

ここからは現実に目を向けてみましょう。どのようなトレーニング計画が皆さん自身にフィットするのかという問題は、理論以上に難しい問題です。

計画を立てる上ではご自身の傾向を把握することが大事になってくると感じますので、その一例をご紹介してみます。

今回ご紹介するデータは私のお知り合いである、富士ヒルシルバーを目指している方のものをお借りしています。

その方の過去のトレーニング負荷の推移は、以下のようなものでした。

図の見方は以前にご紹介した「トレーニングの量と強度」の記事をもとに作成しています。

この方にとって富士ヒルクライムでシルバーの獲得が予想されるトレーニング負荷を100%として、月々によってどのように変化しているのかを示しました。分かりにくければ、CTLと呼ばれる指標に置き換えてもらっても構いません。

こちらの選手の2023年、2024年の推移を見ると、シルバー獲得の90%ほどのトレーニング負荷に達すると、その後減少するという傾向が伺えます。

この記事の内容を踏まえてその要因を考えると、この選手にとってシルバー到達の90%という負荷を6週間体にかけると、ストレス反応的には疲憊期に入り、負荷を下げざるを得なかったのかもしれません。(下図)

もしこの考えが正しいのであれば、一気呵成にトレーニングに励むことで到達できるのは、シルバー獲得が予想される負荷の90%ほどまでのようなので、100%の負荷に耐えうるフィジカルを獲得するには長い目で見たトレーニング計画が必要になってくるでしょう。

ピリオダイゼーションの考え方を取り入れて、強弱のあるトレーニングでうまく負荷をコントロールすることができれば、この限界を突破して今までよりも高い適応状態(高いトレーニング負荷に耐えられる体)を作ることができるかもしれません。

この選手であれば、

  • 6週間高い負荷をかける(90%負荷以上)

  • その後、ストレス状態を緩和するために一旦負荷を80%台にまで落とす(一度ストレス度合を下げる)

  • 以前の6週間よりも高い負荷をかける

このようなサイクルを数回繰り返して、来年の富士ヒルまでに目標の100%負荷に耐えうる適応状態にもっていく、といった方法がご提案できるかもしれません。(下図)

仮にこのようなプランを立てた場合、半年間もストレス状態の高い負荷をかけ続けているので(レッドゾーン)、その後は休息期間を設けることは必須でしょう。

ピリオダイゼーションやストレス反応の知識を活用した場合に、考えられる一例をお示ししました。

ここに書いたことは一選手の過去の傾向から考えたことで、もちろん皆さん全員にあてはまる訳ではありません。

大事なことは、ご自身を知ること。

是非、皆さんもご自身のデータを俯瞰してみてください。



おわりに

私は昔から「体が変化する」という現象に惹かれ、修士生のときには筋損傷からの回復という現象、博士生(途中退学)ではジュニア期の成長や成熟という現象を研究させてもらいました。

そしてトレーニングにおいては、今回ご紹介したような現象への興味が尽きません。

今回のような理論のつなぎ目が粗い内容は、noteの記事という立ち位置だからこそ展開できる内容ではありますが、それも一つの大きな価値になるはずだという思いのもと、書き進めました。

今回の記事が、皆さんのスポーツライフを豊かにする一助になっていれば、幸いです。

共に学びを続けていきましょう。

今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました!

参考文献

  1. マトベーエフ博士
    魚住廣信. (2010). マトヴェーエフ理論に基づくトップアスリートの育て方. NAP

  2. 年間のVO2maxの変動
    Rønnestad, R. (2018). A scientific approach to improve physiological capacity of an elite cyclist. International Journal of Sports Physiology and Performance, 13(3), 390–393.

  3. ハンス・セリエ博士
    Selye, H. (1976). Forty years of stress research: principal remaining problems and misconceptions. CMA Journal, 115, 53–56.

  4. 汎適応症候群
    ハンス・セリエ. (1997). 生命とストレス. 工作舎

  5. ミトコンドリアの短期ストレス応答
    Du, J. (2009). Dynamic regulation of mitochondrial function by glucocorticoids. PNAS, 106(9), 3543–3548.

  6. ミトコンドリアの長期ストレス応答
    Bobba-Alves, N. (2023). Cellular allostatic load is linked to increased energy expenditure and accelerated biological aging. Psychoneuroendocrinology, 155.

  7. ミトコンドリアのディトレーニング
    Bishop, J. (2014). Can we optimise the exercise training prescription to maximise improvements in mitochondria function and content? Biochimica et Biophysica Acta - General Subjects, 1840(4), 1266–1275.

  8. ブロックピリオダイゼーション
    Issurin, B. (2008). Block periodization versus traditional training theory: A review. The Journal of Sports Medicine and Physical Fitness, 48, 65–75.

いいなと思ったら応援しよう!