23歳の自分から私へ
今日で23歳は最後なので、紙のノートを前にリラックスしながら振り返りをしていた。途中からnoteに移行しようと思い立ち、今書いている。
明日は倉庫のアルバイトを入れていたが、先ほど定員オーバーを知らせるメールが届いた。あらら。私の一日分の給料が消える。想定していた家計通りにはなかなかいかないようだ。
しかしそれと引き換えに、明日一日の時間を自由に過ごせるというギフトが届いたということ。ものは捉えよう。喜んで受けとろう。
今、この時間、照明がほの明るく良い感じで、自分への誕生日プレゼントに買ったアロマオイルもとてもよい香りで、ハーブティーが美味しくて、スザンヌ・ヴェガの音楽が心地良くて、明日が休みで、凄く幸せを感じている。
なんだか永遠に時間があるように思えてしまう。
決してそうではないのは分かっている。
もう少しで24歳になる。
23歳、どんな一年だったか。
率直に言えば、色々あった。それに尽きる。
落ちるところまで落ちることもあった。
その一方で、良くも悪くも自分のエネルギーを実感することができたような一年だったと思う。
約一年前、心身を崩し、価値観が揺らぎ、入社5ヶ月で会社を辞めた。
秋からフリーターになった。憧れに向かって歩き出した。
自分では想像もしなかった選択。
そして葛藤の日々。心身の波。
自分の負の感情を沢山受け止めた。
沢山泣いた。自分を愛す努力をした。
悪夢も沢山見た。自分の闇に向き合わされた。
本格的におかしくなりそうだったが、耐えた。
ギリギリの状態で必死に生きていた時は、よく頑張ったと思う。
もう、屈強な強さを持つことは諦めた。
しなやかな強さを目指し始めた。
思う存分、感情を受け止めること、自分の全てを受け止めて、抱きしめること、目の前のことに集中すること。
そういうことを、嫌というほどに訓練させられたような気もする。
自分が自然とそういう方向を目指したのだ。
この一年で少しは成長しただろうか。
去年の秋からは文字にしながら自分を見つめたり、自分なりの創作をしたりと、様々な自分自身との出会いもあったと感じる。
noteで自分の内面を公開していったことも、私にとっては勇気がいることだった。でもそうせずにはいられなかった。このような自分のnoteを読んでくれる人が出てきて、とても嬉しかった。
何かを書くこと読むこと、それには強く支えられていた。
さらに音楽を聴いたり、様々な物語や詩に触れたり、芸術に触れた。自然に触れたり、好きなYouTubeを見たり、楽しいことをした。瞑想もした。
それらが、不安定な日々を、味のある素敵なものにしてくれたのだと、今振り返ると思う。
それから沢山の人と交流をした。
内に籠もっていた時期もあり、自分ではその印象が強かったが、振り返るとなんだかんだ人との繋がりに支えられていたのだと気づく。
気づきが沢山あった。
色んなことがあった。
怖かった。
苦しかった。
楽しかった。
泣いた。笑った。
多分成長した。
一番苦しかったのは、自分の矛盾した部分に大きく振り回されたこと。
でも、矛盾しているからこそ面白いんだということに気づくことができた。
矛盾したまま進んでいっても大丈夫だというマインドに変わったことは、私の歩みを軽くさせてくれたかもしれない。
そんな23歳。
これまでの人生の中で一番不思議な一年だった。
今、悩むことは多々あれど、なんだかんだ自分らしく生きることができている。
23歳で新たに作りあげた(?)土台を大事にして、24歳はさらにしなやかに生きていきたい。創作も楽しんで頑張っていきたい。手探りでもっと道を切り開きたい。自分というものをもっと知りたい。人との繋がりも大事にしていきたい。
色々な不安や執着を手放しながら、軽やかに空を飛びたいな。
誰もが自分らしく羽ばたけますように。輝けますように。
生きたいように、生きれますように。
私は私のしたいことを私らしくやって生きていこう。