発達障害賛歌
発達障害とは?
発達障害とは、脳のドーパミンが平均より少ない人のことである。ドーパミンとは、神経伝達物質のことで、ようするに「頭の良さ」を表すものである。ではドーパミンは多ければ多い方が良いのかと言うと、そうではない。ドーパミンは過剰に働くといらん事まで伝達してしまい、結果幻覚や感覚異常を引き起こすのだ。
「多ければ多いほど良いものではない」以上、少ない事も捨てたものではない。特にこの「ドーパミン過剰人」は、医学的にはスキゾタイパルと呼ばれるが、これも未病扱いのため精神障害には含まれず、社会で平気で働いていることが多い。「霊感体質」とか、「人には見えないものが見える」とか、妄想が激しくあまり人の話を聞いていない人とか、思い込みが激しく何も言ってないのに理解してしまうとか、話があまり通じない人とか、情緒不安定とか、勘違いばかりで成績が悪いなんて言う人は、あなたの周りにも普通にいるのではないだろうか。発達障害は、ちょうどその対極にあるものだと思ってもらえればいい。見たものしか分からず、想像で考えることができず、感情というものが分からない、まるで機械のような生き物 (昨今では、機械も想像ができるようになったので、機械以下)である。
そもそも、このような「妄想」の機構は人間に必要なものなのだろうか。例えば帰納法というものがある。「今まで見たカラスは全部黒だったから、カラスは黒い」という論理だ。これは、時として間違えることもある。なのでその注意喚起として、荒唐無稽な妄想をする必要がある。例えば「白いカラスがいるかもしれない」と思えば、帰納法に縛られることはない。発達障害が「白いカラス」の存在を認めるためには、実際に白いカラスを見るか、遺伝子の研究をして白いカラスが産まれる可能性があることを証明する必要がある。つまり、「まどろっこしい」ため、生存という点では向かないのが発達障害だ。周りを見て、セオリーから外れたことをする事で生き残る力は、人間、特に原始的な人間に備わった必須能力だと言えるだろう。「冗談が通じない」とは、よく言われる発達障害の特性だが、実は冗談は通じる。但し明らかに冗談だと推理できるものだけだ。「ヘラヘラ言っているから」「今のは笑って欲しくて言っている」「場を和ませようとしている」のような場合の冗談は分からない。それが冗談であるという根拠のない冗談は伝わらないのだ。と言うか発達障害にとってはそれ以外は冗談ではなく情報である。「発達障害はごっこ遊びをしない」についても同じだ。発達障害は決して演技ができないわけではない。職業的に役者を選択している発達障害はむしろ多いだろうと思う。なぜなら発達障害は感情ではなく、機械的であるから、むしろ
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