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クッキージャーの出番

2020/08/11 03:25

 私が子供の頃、家には揃いのエッグスタンドが2セットありました。ひとつは、ディナー皿からグレイビーボートまで揃いの来客用チャイナセットについてきたもので、もうひとつは、パステルカラー5色の色違いのぽってりした普段使いのものでした。となると、うちには少なくとも10脚のエッグスタンドがあったことになります。小さい頃は、時々思い出したようにそれで半熟卵を食べた覚えがありますが、日常的に使う感じではありませんでした。中学、高校の時にまだあったかも覚えてないところを考えると、おそらく使用頻度があまりに低くて、母が処分したのだろうと思います。今思うと、新婚時代の、これから築かん家庭に馳せる母のときめきや心意気のようなものが、エッグスタンドという非日常的で西洋チックなものに表れていたような気がします。



 実用性をよく顧みずにイメージや憧れで買ってしまうものってあります。私の場合は、クッキージャーがそれでした。映画か雑誌か何かで見たのでしょうか、アメリカのキッチンにはクッキージャーが必ずある、というイメージを持っていました。クッキージャーは、陶器またはガラス製の蓋付きの大きな壺で、動物やキャラクターをモチーフにデザインされたポップな形のものが多いです。キッチンのフォーカルポイントになりうるので、それなりに気に入ったものでなければなりません。二十代半ばだった私の心をとらえたのは、クッキーを頬張っているほのぼのした表情のクマさんのものでした。なぜか、ほぼ相似形のものが二つもあります。そう長い月日が経ったようにも思えないのですが、この幼いテイストを見ると、これを選んだのは本当に自分だったのかと思うほど遠い昔のように感じます。




 いざ入手してみると、クッキージャーほど「無用の長物」という言葉がぴったりなアイテムもありません。まず、年がら年中クッキーを常備しているわけではありません。また、密閉できるわけでもないので、ハエと埃除けにはなりますが、鮮度を保つのに最適な保存法とは言えません。そして、ものすごく大きい上に不規則な形ゆえ、カウンタースペースを余計に取ります。上に何かを置けるわけでもありません。というわけで、クマさんは本来の用途を果たすことなく、キッチンからも追放され、収納棚の片隅で長らく忘れ去られていたのでした。



 今年の3月半ば、コロナ流行に伴う集団パニックの買い占めにより、トイレットペーパーなどの紙類が店頭から消えました。キッチンペーパーも例外ではありません。とりあえず、今ある分を節約しながら大切に使おうということになりました。



 キッチンペーパーの用途は、多岐にわたります。料理、掃除、テーブルナプキン代わりなど。このうち、炒め物などで余分な脂を吸い取ったりするのにキッチンペーパーに代わるものはありませんが、他のほとんどのことは布巾で間に合うことが分かりました。こまめに洗って煮沸消毒すれば、清潔で気持ちよく使えます。また、以前は生ゴミを包んだりガスレンジの油汚れを拭き取ったり、犬のフンを捨てたりするのにもキッチンペーパーを使っていたのですが、代わりに使うようになったのが、古新聞です。読み終わったら、使いやすい大きさに切ってまとめておきます。今までどれだけのキッチンペーパーをゴミのために使っていたかと反省するほどよく使います。




 そして、食卓で使うナプキンやティッシュペーパーの代用品として考えついたのは、ステイホーム中の断捨離で大量に出てきた古着です。人にもあげられないしガレージセールでも売れないようなヨレヨレのTシャツやベッドリネンを10cm四方ぐらいの大きさに切り、テーブルに置いておくことにしました。口を拭いたり、テーブルにちょろっとこぼしたお醤油を拭くのには十分な大きさです。お客様に出すわけでもなく、家族が日常使うものなので、切り方も適当です。片っ端からジャキジャキ切ります。大人用のTシャツで5〜60枚、子供用で3〜40枚できます。使い捨てなのでエコとは言い難いですが、紙はだいぶ節約できます。



 これを何に入れておこうかと考えて思いついたのが、例のクッキージャーでした。25年という年月を経て、初めて日の目を見たクマさん。子供たちは初対面です。

「これ、ママが買ったの?」

「なんでこんなの買ったの?」

 今の彼らよりちょっと先輩、ぐらいの私を想像できないのは仕方ありません。このメルヘンで無駄な買い物とお母さんがどうも結びつかず、不思議そうな顔をする子供たちなのでした。

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