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ロードローラーに潰された男【ショートショート】【#103】

 男は大柄でどこかのっぺりとしていること以外、一見普通に見えた。しかしひとたび横から見れみれば、その異常さは際立っていた。男にはわずかに1センチほどしか厚みがなかったのだ。板の上できれいにのばされたパンの生地のように、男は均一に薄く延ばされていた。

「いやー実は先日、ロードローラーにつぶされましてね」

 そんな様相の男が、ひょうひょうと話しているのだから、世の中はいろんなことがあるものだ。店主は最初こそ驚いていたが、こうして話しているのだから、おそらくそれほど深刻な事態ではないのだろう……そう腹に落ちたのか、気を取り直して男を問いただす。

「いや、そのあんた……それは、平気なのかい? 痛いとか、つらいとか……もう病院は行ったのかい?」

 平らになった鼻を得意げにこすりながら、男は答える。

「いやーこれがね。先生、まあ聞いてくださいよ。私も最初つぶされたときは、正直もう駄目だと思ったんですよ。夜道で明かりもほとんどないところでしたし、その日は丁度、全身黒ずくめの恰好をしていたから気づかれなかったんだろうなぁ……。酔っぱらって、ふらふらと倒れこんだところが運悪く、ロードローラーの通り道でしてね」

 男がにこやかに語っているからには笑い話なのだろうけれど、目の前の異様な光景にはいまだに信じがたいものがあった。風が吹きこむたびに、ユラユラと揺れるのもまた非現実感を助長する。

「ローラーが迫って、目の前が真っ暗になった時には、さすがの私も叫びたかったんですけど、それよりも先に顔がつぶされてしまいまして……。そのまま抵抗むなしくこの有様なんですよ」

 旺盛なサービス精神のなせる技なのか、男は横を向きなおり、自分が見事にぺちゃんこにつぶされている様をアピールした。

「……それでですね。もう駄目だ――っと思ったんですけど、実際にはこうしてピンピンしているわけですし、ちっとも痛くないわけです。もちろん理由はわかりませんけどね」

「……えっと、その、――病院には?」

「はい、行きました。さすがの私でもこりゃまずいって思いましたからね。2週間入院しまして、いろいろ検査だなんだやりました。でも、結局理由はわからずじまいです。『あなたは完全につぶされている。しかしあなたは完全に健康体だ』というのが結論らしいんですよ」

「いや、健康体って……」

「私もそんなことあるのか、と最初は疑っていたんですけど、人間意外と慣れるものでしてね。もう体形とかも気にしなくてもいいし、満員電車とかもつぶされる心配ありません。結構快適なんですよねこれが」

 男は口を開けて笑った。もちろんその口もほとんど奥行きはなく、平たくなった歯が所せましと並んでいる。

「そうですか……はあ。まあお元気なら別にいいですけど。それで……結局、今日、あなたは何をしにうちに来たんですか? ガラス細工をお求めですか?」

 店主が言ったように、この店は工房併設で手作りの吹きガラス細工を作っている店だ。細かな造作と独特のセンスがうけ、今では人気のガラス工房のひとつだ。

「いやいや、そうではないんです。今さっき私も、この体に慣れてきたって言ったでしょう? ただ、慣れてきたのと同時に、前の体にも未練が出てきましてね……。それで――物は試しってやつなんですが、おしりからちょっと刺しこんで、一度、吹いてもらえないかなと……」

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「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)