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死に際にひとこと【ショートショート】【#159】

「じゃあこれでお終いだけど、なにか言い残すことはあるかい? 『死に際のひとこと』ってやつだ」

 男は手に持っていた拳銃をもてあそんでいる。目のまえにはひざまずいた初老の男が後ろ手にしばられている。散々殴られえたあとなのだろうか。ところどころ血を流し、顔はかなりはれ上がっていた。

「絶対許さねぇ。おめぇのことは末代まで……末代まで呪ってやるからな」

 のどの奥から振りしぼるように呪詛の言葉を放つ。しかし男の反応は淡泊なものだった。

「ん? お前って陰陽師かなにか? それとも趣味で呪いの勉強をしているとか?」

「いや、別に……」

「じゃなに? 末代とかいってそれ現実的じゃなくないか? あ、子供がいるの? 俺に恨み持ってくれてる同業者的な」男はもはや楽しんでいるようで、拳銃をくるくるとまわしはじめた。

「……いない。ずっと独身だ」

「じゃ無理じゃん。末代までって意味わかって使ってる? 『子孫代々』って意味だよ? 俺の子供のそのまた子供の子供のその先も……みたいな感じ。お前もう今死んじゃうんだからさ。子供もいないなら無理じゃんそれ」

 初老の男はポカンとしていまひとつ状況が呑みこめていないようだった。死を覚悟して心からの怨念をぶつけたのに、お手玉でもするかのようにちゃかされたのだから無理もない。

「じゃあさあ、こういうのはどうよ? 『死ぬまで呪ってやるからな』っての。これならさーほら主語がないから、俺が死ぬまでなのか、お前が死ぬまでなのかわかんないじゃん? 実際はお前が死ぬまでって意味だから、ウソになんないだろ?」

「いや、なんつうか……、そうは言うけどよ。その、もう今、殺すんだろ? 俺のこと」

「当たり前だろ。なんのために時間作ってると思ってるんだ」

「じゃ、えっとその、さすがに短すぎるだろ、ほら呪う期間がよ」どうやら老人は男の持つおかしなテンションに巻きこまれてきているようだ。

「あー……まあそうかもな。長くてもあと5分ってとこだろうし、まあ短いっちゃ短いわな。――あ、じゃあよ、こういうのはどうよ? 『いい人だと思っていたのに!』ってのは。これいいと思うんだよな。俺がまた罪のない誰かを殺すたびに、『あいつ、俺のこといいヤツとかいってたな』って思い悩むんだぜ。どうよ? 結構、ほんとに呪いっぽいだろ」男はさもいいことを思いついたように笑いながら言った。

「お前がそれで思い悩むような性格だったら、こんなとこで拳銃もってへらへらしてねぇだろ。だいたい自分から言い出したらなんの意味もねぇだろうよ」

 初老の男はすべてをあきらめたように深くため息をついた。

「なにを言ったところで、お前も、俺も、地獄行きに間違いねぇだろうよ。末代だろうが死ぬまでだろうが……。なにが『死に際のひとことと』だ。なんでもいいだろ、くだらねぇ……」

 なにかが気にさわったのかもしれない。男はすっと笑うのをやめた。もてあそんでいた拳銃をしかと握りしめ、引き金に指をかけこちらに向けた。

「そうだな。確かにお前の言うとおりだ。それにしても人生で一度しか死に際の言葉ってのは吐けないからよ、なかなかいいサンプルがないもんだな。……ま、今日は許してやるよ。執行猶予ってところだ。今度、俺に会うときまでに気の利いた『死に際のひとこと』を考えといてくれ、――地獄でな」

 そう言いながら男は引き金を引いた。




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