夏空とひと筋の煙【ショートショート】【#184】
濃い緑色の山々の向こう側。にごりのない青い空に、白いひと筋の煙がのぼっていた。
「――今年も白いなぁ」
隣にいた男が俺に話しかける。この現場では俺の上司にあたる男だ。気にかけてくれているつもりなのだろうけれど、普段からコミュニケーションが得意とはいえない俺にとってはどちらかというと迷惑な存在だった。
「そうですね」
ぶっきらぼうに答えた俺を気にすることなく上司は言葉を続けた。
「知ってるか? 昔はあのケムリは真っ黒だったのさ。さすがに真っ黒はどうにも悪いことをしている気がするって言いだした奴らがいてな。特段意味もないってのにケムリを白くするように設備を改修したってわけだ」
「……最近は、なにかとやかましいですからね」
「だろう? お前にいってもしょうがないんだけどな。お前たちを使うときとかにも、やれ権利だなんだって言いだすやつがいるからなかなか自由にいかない。理想はわかるけどな……、いきすぎていいことないってもんだろう?」
適当に返事をかえして、俺はまたケムリを見つめた。今日は風がほとんどないせいか、真上にむかってスッと線を引いたようだった。あのケムリは、下にある焼却場から出ているはずだ。
「うちでもあいつら使ったらいいじゃないですか? そのほうが安上がりでしょう?」
「確かにあいつらはやかましいことを言わない。使い捨てできるし、手先も器用で、処分も簡単だ。働くだけ働かせておいて、ダメになったら横に置いておいて、夏になったらまとめて処分場に連れていくだけですべて完了。合理的だよな」
「システマチックでインスタントな労働力ですね。でも、じゃあ、なんで俺らなんか使ってるんですか?」
「わかりきったことさ。あいつらはあれで人気があるからな。なかなか手に入らないのさ。入手困難ってやつだ」
俺は先週あたりから調子のわるくなっていた脚部先端のボルトを人口皮膚の上からなでた。この星の、この時期の気候は気温が高く、いまいましいことに湿気もひどい。おかげで今年もガタがきているようだ。
彼らのように焼いて処分されることはないにしても、このままいくと遠からずまた修理しなければいけないかもしれない。
「ついでに昔話をするとな、あいつらは昔はこの銀河を支配していた種族なんだ。この星だけじゃない。近隣の惑星にも移住していたらしい。やつらには"感情"というものがあるせいで、きれいな景色をみたり、つらいことがあるといちいち視覚野から"涙"という水を流すこともあったとか……。めんどくさい種族だろう? やつらは自らを"人間"と称していたらしい」
「そうですか……」
俺の視覚モニターにうつった白い煙は、強い風にさらされたらしく、にわかに横に流れだした。あの煙はついさっきまで"人間"だったものだ。解放されたと思ってはしゃいでいるのか、それとも無念にうち震えているのか。
消えゆく煙を見つめながら、こんな光景を見たときに"人間"は"涙"を流したのだろうか。そんな思いが電脳の隅に浮かんで、消えた。
春すぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山
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百人一首をショートショートにしてみようのコーナーふたつ目です。
ちょっとだけ勝手がわかってきた気もします。でもSFはやっぱり難しいですね。もっと破天荒な感じにしたいなぁ。まああんまり難しいことを考えずに続けていこうかと思います。今後ともよろしくお願いいたします。