異世界トラック転生便〜オレたちがやりました〜【ショートショート】【#186】
「次はどんなヤツがターゲットですか?」
助手席から俺の手元のタブレットをのぞきこんできたのは後輩のササキだ。
「次はな……こいつだ。さえない男だな。インド料理屋でバイトしているらしい。今度はスパイスを使わせて料理させるとか、ナンを作らせるとか、そういう感じの料理モノなんじゃねぇかな」
俺は投げやりに答え、タブレットをササキのほうに放りなげた。
「バイトの帰り狙って、ここの裏の路地で……って感じですか。ちょろい案件ですね」
「そうだな。その分、稼ぎは知れてる」
「世知辛いっすねー」
異世界に行くための方法はいくつかある。
古式ゆかしくクローゼットを通り抜けるのもそうだ。エレベーターなど乗り物に乗る方法もある。しかしやはりメジャーな方法は「死ぬこと」。そして、そのために最も高い頻度で使われている道具がトラックだ。
はねられた瞬間に向こう側にいるヤツらがなんらかの力を使って異世界に引っぱりこむ。その大事なトリガーとして現世にいる対象者を跳ねとばすトラックは大事なキーアイテムなのだ。
当初、異世界転生がめずらしく、数が少ないうちは偶発性にまかせていればよかった。たまたまはねられた人間を連れて行けばそれでこと足りた。しかし様々な異世界が出現し、転生者の数もそれに伴って増えはじめてから様相が変わってきた。
どの異世界も差別化をはかろうと、ひきこむ人材に対してさまざまなハードルを課すようになる。転生の段階でかなり自由に能力を付与できるとはいえ、もとから「持っている」能力、もしくは、もとから「持っていない」能力の重要性が高まった。単純に転生者として求められる人数も大きく増えた。
高まる需要に少しでもこたえるため、トリガー役にも専門の業者を求められるようになる。そうして生まれたのが今、俺たちがしている仕事『異世界トラック転生便』というわけだ。
基本的な手順は、タブレットに来た依頼にもとづき対象者をはねる。そこではねたはずの対象者が見当たらないことに驚くまでがひとセットだ。
素直に驚くだけでいいとはいえ、素人が人をはねて平静をたもつことは難しい。そこにも俺たちの存在意義はある。
衝突の直前に転生してもらうのがもっともスマートだが、万が一ぶつかってしまった場合でも修理代は向こうの払いだから心配いらない。もちろん対象者のほうも実際に死んでしまったら使い物にならないので、そちらもなんとかするらしい。
高額のプランにはなるが、こちらで対象者の選定し送りだす場合もある。そういう場合には半分探偵のようなことをしたりもする。持っている能力や家族関係、友人関係などを探り、依頼主が求める人材を確保する。そしてはねる。
ちょうどこの前こなした仕事は、まさにこの高額プランで「異性の幼馴染持ち」を探しだすのが仕事だった。いまどきは近所づきあいが減っており、幼馴染の存在自体が減っている。おかげでこの案件はかなり苦労した。
毎日のように学校の通学路をながめ、怪しい動きをしている男女を片端からチェックしていくのだ。こんなことばかりしているのだから地域の不審者情報にのせられたことも一度や二度ではすまない。
とはいえこれも仕事。金のためだ。そう割り切ってしまえば、やってやれないことではない。リスクが高い分報酬もいい。
異世界転生者の需要はいまだに衰えるところを知らない。いつの時代も稼げるうちに稼いでおくのは鉄則だろう。俺は座右の銘である「タイムイズマネー」という言葉を今日も喉の奥でぶつぶつと唱えた。
「でも先輩。転生者って、なんだかんだいい生活しているやつら多くないですか?」
「まあ確かにな……」
「向こうで店開いて一発あてたり、なにもしていないのにハーレム状態とか。勇者になって最終的には一国一城の主ってやつもめずらしくないじゃないですか」
異世界者の情報はまとめられ、本の形で読むことができる。そもそもそのために異世界に送られるものも少なくない。
容姿が変わっていることも多く、あのときはねたあいつが……と明確にわかることはほとんどないが、確かに多くの転生者はうらやむような充実した異世界ライフを送っているように見える。
「異世界に入る段階でチート能力がもらえることがほとんどだから、現世での能力とかも関係ないですし……。正直ずるくないっすか?」
「そうだな」
「いくら今の仕事が割がいいっていっても、現実の世界ではお城作って何人もの女を囲えるわけじゃないですからね。はねられて死ぬって言っても結局は死なないわけで……」
「まあ待て。この仕事始めたころは俺もそういうことを考えたこともある。ただ、結局は向こうが対象者として選ばなきゃ始まらない。そんな夢みたいなこと考えても意味ないってことだ」
「そうですかねぇ……世知辛いっすねー」
不満げな後輩が天をあおいだとき、タブレットが通知音をならした。新しい仕事の依頼だ。イエローのライトが点滅している。対象者未確定のサインだ。また探偵仕事のようだ。今度は難しくない条件だといいが……。
俺は祈るようにタブレットを操作し、依頼内容を確認した。
タブレットから目を離さなくとも、のぞきこんでいる後輩の目の色が変わったのがわかった。
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