【短編小説】まだ負けていない、俺たちは。
01.白河の関
2022年8月22日――。
第104回全国高等学校野球選手権大会。
東北六県の悲願が達成された日。
宮城県代表の仙台征栄高校が優勝し、深紅の大優勝旗が初めて陸路で『白河の関』を越えることになった日。
仙台駅前では配られる号外を待つ長蛇の列が礼儀正しくできあがっていた。
311と呼ばれるあの震災で、至る処に発生した行列を思い出させた。
全国の高校球児だけではなく、全国の高校生と学校関係者、家族、近所の人の熱狂。
ここには多くの汗と涙と友情、そして甘酸っぱい淡い恋のドラマがあったはずだ。
いつだって勝者や主人公は、あの日の約束を守った者だ。
甲子園に連れてって。
ホームランを打つ。
絶対優勝する。
だが、人の数だけドラマがあるのも事実。
敗者や約束を守れなかった側にもドラマがある。
これは、そんな華やかな舞台から遠く離れた高校生達の物語だ。
02.果たせなかった約束
「俺達の夏が終わった――」
俺は泣いた。
主将も泣いた。
監督も、マネージャーも、レギュラーも、スタンドも泣いた。
俺は日向翔。柴ノ田高校の3年生でエースだ。
夏の地方予選、宮城大会1回戦。
県南に位置する我が校の初戦の相手は優勝候補筆頭・仙台征栄だった。
口惜しかった。
2年生からエースナンバーを背負いながら、征栄に1勝もできなかった。
秋の県大会でも。
東北大会でも。
雪辱を果たす最後の機会だった。
3年生の俺達にとって、この日は高校生活最後の試合となった。
一試合でも多く一緒に戦おうと誓い合った仲間達は、涙でぼやけている。
夏が終わったということは、俺達の高校野球が終わった瞬間だった。
打倒征栄を誓って、練習に励んできた。
練習試合では関東の強豪校相手にも堂々と投げ勝った。
だが、1回戦で征栄に負けてしまった。
4対6だった。
あと少し失点をおさえていれば、勝てたかも知れない。
味方の援護があっただけに、悔やまれる結果となった。
今までやられた分の借りを返せないまま、夏が終わった。
夏の夢は呆気なく終わりを迎えた。
まだ夢の途中ともいえず、見始めたばかりだというのに。
初戦敗退という重い現実を肩に残して。
決して、柴ノ田高校が弱い訳ではない。
むしろ、県南で征栄に勝てるのは柴ノ田高校しかないとまで言われている。
征栄は確かに強いが、俺達だって昨年は同じ宮城代表としてセンバツに出場したんだ。
高校野球の強豪校は征栄や南光東北のように、全国から選手を集める私立だ。
柴ノ田のように公立高校で、ここまで渡り合えるのは奇跡に近かった。
「約束守れなかったな」
7月30日。曇空の割に気温は高く30度を超えそうだ。
俺は重い足取りで、幼い頃住んでいた名取市閖上へ向かった。
生まれ故郷ではあるが、記憶はあまりない。
あの忘れられない強烈な想い出と、その周辺にぶら下がっている眩しい記憶の輪郭。
この地での俺の想い出は幼い頃に途切れた。
幼馴染みの多くが小学校から故郷ではない場所で過ごしたのだから。
……生きている者は。
足取りが重い理由は二つあった。
一つは、甲子園に行くという約束を守れなかったから。
もう一つは、この場所を訪れないといけなかったから。
しかも、約束の相手はもういない。
俺は誰に約束が果たせなかったという残念な報告に行くのか。
決まってる。
ここで死んだ友宛てに、だ。
2011年3月11日――。
幼稚園卒園間近の俺達は、震災に見舞われた。
俺は親が迎えに来る予定だったから、津波の恐ろしい光景を園の屋上だか屋根の上から見つめていた。
バス帰宅組の友達は全員、二度と逢うことはなかった。
11年以上経った今でも。
やっちゃんとは一番仲が良かった。
あの日の津波に襲われなかったら、今でも地元でつるんでいただろう。
本名は覚えていない。
ただ、やっちゃんって呼んでいたのを覚えている。
「かけるくんはやきうがじょうずだね」
他愛のない言葉だけど、俺はやっちゃんとボール遊びするのが好きだった。
いつも泥だらけ、ポケットの中は砂だらけで、よく親に怒られていた。
今ではポケットはコンビニのレシートがたまっているくらいだ。
「じゃぁ、ぼくコーシエンにいく!」
「うん。かけるくんならいけるよ。コーシエン!」
俺達はよく分からないまま、甲子園に行くという言葉を夢と約束にしていた。
卒園式では、卒園生が将来の夢を発表する予定だった。
生き残った俺達は、それすらできず、卒園した。
閖上の日和山公園。
俺はやっちゃんのお墓なんて知らないから、慰霊碑がある公園に来たのだ。
ここは閖上を一望できる高台となっており、津波で流出した神社が祀られている。
神様、俺はやっちゃんがどこに居るのか分かんねぇからさ。
伝えてくれよ。
ごめん、約束守れなかったって。
甲子園に行く夢も破れたし、これから先どうしたら良いんだろうか。
県内の大学にスポーツ推薦してもらうか。
だが、この先野球を続けていけるだろうか。
世間でいう○○ロスって奴を初めて体験している。
コロナの後遺症の倦怠感なのかも知れない。罹った自覚はないけれども。
ずっともやもやしていた。
今日の晴れそうで晴れない天気と同じだ。
潮風が余計に体に纏わり付き、塩分高めの汗をかく。
「やっちゃん、またね」
また宛てのない約束をしてしまった。
あまりここには来たくないと思いながらも。
やっちゃんの誕生日は今日、7月30日だ。
本名も覚えていないのに誕生日を知っているのは、俺と同じ誕生日だからだ。
だからだろうか。
生き残った俺は、やっちゃんの分まで夢を背負っていきたいと思ったのは。
高校3年生、最後のチャンスだった。
俺とやっちゃんの甲子園の夢は征栄野球部が背負っていくのだろうか。
征栄のエース・斎藤翼や大崎煌真が。
未だ震災から復興途中だが、閖上にも新たな街並みと活気が戻ってきた。
俺の記憶にある街とは大分違うと思うけれども。
名取川沿いにオープンした『かわまちてらす閖上』はこの地のランドマークだ。
東北楽天ゴールデンイーグルスが寄贈したアスレチックもあるし、
海の幸から地元で親しまれるローカルフード、スイーツまで楽しめる。
練習試合帰りにチームメイトと立ち寄ったこともある。
どこを見ても、青春の残り滓が頭をかすめ、アスファルトの影に溶けていく。
俺はカップに入った『ゆり唐揚げ』をテイクアウトし、川沿いのテラス席に腰を下ろした。
世間では、コロナが第7波に入っただとか、移動制限なしの夏休みを迎えるだとか言われている。
大人の世界では、たかが3年の事象に過ぎないかも知れない。
だが、俺達にとっては大きな3年だった。
震災で幼稚園の卒園式もできず、
コロナで中学校の卒業式もできなかった。
修学旅行や多くの学校行事が中止されたし、部活動の応援もままならなかった。
切符を掴めなかった甲子園も観客が入るのは3年ぶりだ。
負けたとはいえ、全力で試合ができた俺達の代はまだ幸せだっただろうか。
引退試合もできなかった先輩達を想い出した。
独り、感傷に浸っていると、賑やかな集団がテラス席に雪崩れ込んできた。
鮮やかな青に黒と黄色のストライプ。胸のエンブレム。
大会でよく見たジャージ。一目で征栄の女子達と分かった。
野球バカだった俺には女子への免疫がない。
チームメイトと一緒なら、ナンパしようぜとか気が大きくなったかも知れない。
その輪の中にやっちゃんが居る未来がなかったことが寂しかった。
さっさと唐揚げを食べて立ち去ろうと思っているとタッタッタッと近づく足音が聞こえた。
「あの、もしかして、柴ノ田高校の日向さんですか?」
他校の女子に声を掛けられるなんて予想外だった。
しかもあの征栄の女子に。
彼女はよく通る声ではっきりと俺の名前を呼んだのだ。
細身ながらも体幹の良さが分かる立ち姿。
長い黒髪を後ろで一本に束ねている。
きっとこの子もスポーツ選手だ。
「そう……だけど?」
「やっぱり! 私征栄なんですけど、1回戦の力投凄かったです」
「まぁ、ジャージ見れば分かるよ。やっぱ征栄は強かったよ。甲子園おめでとう」
「あ、なんか、ごめんなさい」
「いや、良いよ。負けは負けだから」
「あの、良かったらLINE交換してくれますか?」
「別に良いけど……」
ニヤニヤしながら見ている彼女の連れが気になって仕方ない。
俺は言われるまま、スマホを取り出した。
「私、チアの2年生で斎藤瑠華と言います」
新たに登録されたトーク画面には『るか』という名前、すぐによろしくというスタンプが送られてきた。
チアリーダーなのか。
征栄のチアは全国大会の常連だし、海外遠征も多いと聞く。
道理でアスリートと間違えるはずだ。
その後も彼女は簡単な自己紹介をしてくれたようだが、俺は舞い上がってしまい、半分以上頭に残っていなかった。
控えめに言っても、SNSがざわつく程かわいいのだ。
この子がチアのユニフォームを着たら、スタンドの主役になるかも知れない。
「じゃ、甲子園でもスタンドで応援するんだね」
「はい。ありがとうございます。甲子園でチアするの夢だったんです」
「長い夢になると良いね」
「私を甲子園に連れてって。その約束を《《翼》》が果たしてくれたんです」
翼――。
そうか、往栄のエースとは名前呼びする間柄なのか。
この子、どうして俺の連絡先聞いてきたんだよ。
そこから先の会話は、あまり覚えていない。
この日の帰り道、彼女が事故に遭って入院したことを知ったのは数日後の話だ。
03.るかの悲劇
るかという征栄の女子とLINEを交換して数日が経った。
閖上で出逢ってから、一度も連絡はなかった。
俺も征栄エースの彼女と分かっているのに、わざわざ連絡する必要もないだろうとノーアクションだった。
ただ、華があり可愛らしい子だな、となんとも言えないもどかしさが残っていた。
これを一目惚れだとか、初恋だとか呼ぶのだろうか。
甲子園では開会式が行われ、その日のうちに1回戦が3試合行われた。
同じ東北勢の岩手代表・一関学園が延長11回サヨナラ勝ちという幸先の良いスタートに思わずガッツポーズをとった。
宮城代表の仙台征栄の初戦は抽選の結果2回戦だ。
当日――8月11日――になれば、スタンドから応援する彼女の姿がテレビに映るかも知れない。
スマホにプッシュ通知があり、画面を確認する。
るかからだった。
一関勝ったね、往栄も勢いに乗ってくれ。
そんな返信の文面を考えながらアプリを開くと――。
『日向さん、連絡できなくてごめんなさい。
あの日、帰りに事故に遭って、足を骨折したの』
信じられない言葉が綴られていた。
『ずっと泣いてました。
せっかく翼が甲子園に連れて行ってくれたのに
私が行けなくなるなんてばかみたい』
俺はなんて言葉をかけたら良いのか分からず、瞬きも呼吸も忘れ、彼女のトークを見続けていた。
泣くなら嬉し涙しか似合わなそうな女の子が、事故に遭い悔しさで泣いていた。
敗者の俺と違って、甲子園の切符を手にしたはずなのに。
きっと彼女は寂しいのだろう。
コロナで入院患者に面会はなかなかできないし、
彼氏であるエースやチアのチームメイトは勝ち続ける間、甲子園だ。
チーム戦の裏側で、彼女は孤独な戦いの渦中にいる。
長い夢になると良いね。
俺はあの日、彼女にそう言った。
だが、夢が長くなるということは、その分だけ彼女の孤独が長くなる。
『ごめんね。変なメッセージおくって
でも、こんなの翼やチアのみんなにはこぼせないよ
くるしくてくやしくてもうあたまがぐちゃぐちゃ』
『俺でよければ』
『いつでも連絡くれ』
彼女の苦悩に対して、なんと間の抜けた返信だろうか。
『ありがとう』
この日、これ以降の連絡が来ることはなかった。
04.決心
仙台征栄は初戦の鳥取商工を相手に10対0と完封した。
県内でも征栄といえば、投手王国と表現されている。
この日も5名の投手が継投し、勝利を収めたのだ。
その後も明秋日立、愛工大名航を下し、準決勝に駒を進めた。
愛工大名航は2回戦で青森代表・三八学院光星を破っており、東北勢特有の仇討ち試合となった。
大会史上、春夏を通じて東北勢が甲子園で優勝したことはなかった。
メジャーリーグで活躍する投手も多く輩出しているが、彼らを擁したチームでさえ頂点には届かなかった。
かつて、栃木県と福島県の国境にあった関所。
なかなか優勝できない様子が、まるで関所に通行を阻まれているかのように見える。
それになぞらえて、
白河の関を越える――優勝旗を東北に掲げる――というのが、東北の共通言語となった。
東北人は甲子園出場校応援を地元代表校だけでなく、六県全体で応援する。
敗れたチームの夢まで背負って悲願の達成に向かうのだ。
そして、準決勝。
奇しくも福島代表・聖興学院と決勝を賭けて戦うことになった。
どちらが勝っても東北勢が優勝に王手をかける。
だが、できるなら、準決勝で当たりたくはないカードだった。
序盤、征栄は打者一巡の猛攻で11得点をあげ、そのまま試合の主導権を握った。
甲子園には魔物が棲む。
相手に対して実力を出し切れない悪い流れに陥ることもあるし、
常連校特有の雰囲気に呑まれることもある。
俺は中継を見ながらも、やはり征栄じゃないとここまで勝ち上がれなかったと素直に感じた。
大舞台に強いのだ。
俺達が追い続けたライバル校は。
体中の血が沸騰するような征栄の戦いをみて、俺は決心を固めた。
緊張しながらスマホと対峙する。
ある意味、征栄の4番打者と面と向かう時よりも心臓の鼓動が早かった。
サインを出してくれるキャッチャーもいない。
信号機と呼ばれる3塁コーチャーもいない。
得意のスプリットかスライダーか。
いや、勝負球は渾身のストレートだ。
『決勝戦、一緒に応援しませんか?』
既読がついてから、しばらくの間沈黙があった。
時間が経つごとに、相手ランナーが塁を駆け巡る感覚が続く。
何点失点したのだろうか、とがっくり肩を落としていると、返信があった。
『いいよ』
ギリ、ホームでタッチアウト。失点なし。
05.延長戦
8月22日、甲子園決勝――。
俺達は多賀城市民会館にいた。
るかの外出願いは無事に受理され、病院から出ることができた。
ただし、両親が不在だということで俺と二人きり。
病気ではなく骨折なので許可が下りたようだが、病院に戻る際にはPCR検査を受けないといけないそうだ。
俺は特別に病院から借りたままの車椅子を押して会場に入った。
多賀城市には仙台征栄高校野球部のグラウンドがある。
それで、東北勢悲願の初優勝を応援するために、パブリックビューイングを開催したのだ。
俺達は車椅子で観戦できる区画に案内された。
彼女は喜んでいるのか分からない。
多賀城市から遠く850km離れた甲子園球場。
本来であれば、彼女は自身の足で立ち、全身で応援していたはずなのだ。
大画面で中継を見たら、現実とのギャップに泣き崩れないか心配だった。
もしかすると、すっげぇ余計なお世話してしまったのかも知れない。
「ありがとう」
「うん」
本心か分からない言葉。
そして遂に決勝戦が始まった。
決勝戦の相手は、共に初優勝を賭けた山口代表・下関グローバル。
準々決勝・準決勝は、センバツ優勝校・準優勝校を撃破し、勢いもあった。
定員200名に限定した市民会館のホールは、静かに応援していた。
全員がマスクを付け、声援をかける代わりに鳴り物や拍手を送る。
中継からはグラウンドの様子以外に、時折スタンドの模様も映された。
るかは、初回はじっと我慢するように指を組んでいた。
祈るような面持ちだ。
スクリーンには、先発のマウンドを託された翼――るかの彼氏――が映し出されている。
初回を0点におさえ、理想的な立ち上がりだ。
対する下関Gの先発も制球が冴え、3回まで両校ともに1安打無得点だった。
回が進むごとに、会場のボルテージも上がり、声援を送らないながらも、拍手に熱が籠もった。
4回裏、征栄は4番斎藤明のヒットで先制した。
そこでようやく、るかの顔から緊張がほどけた。
5回裏に3対0とリードを広げるが、6回表、遂に下関Gが1点を返した。
先発の翼は、準決勝以外の全試合に登板し、5名の投手陣でも一番多く投げている。
準決勝を温存しても、相当疲労は蓄積しているはずだ。
しかも、宮城大会は腕の故障で投げていない。
その分、自分が甲子園を引っ張っていくという気迫がみてとれた。
7回まで翼は投げきり、先発の役目を終えた。
失点は1点だけ。投球数は100球だった。
7回裏、先発の奮戦に応え、征栄打線が爆発した。
石崎の満塁ホームランで一挙に8対1に引き離した。
この回、るかは初めてダンスで応援した。
上半身だけだったが、その姿は遠くスタンドのチームメイトと見事にシンクロしていた。
9回表、下関Gはランナーを一・三塁まで進めたが、反撃はそこまで。
8対1で仙台征栄高校が、東北勢悲願の初優勝を成し遂げた。
甲子園の決勝の舞台で往栄の校歌が流れる。
勝利を祝うように旗が揺らめく。
隣のるかが、鼻をすすりながら、とても小さな声で校歌を口ずさんでいた。
校歌を歌い終わった選手達が一塁側アルプスへ走る。
深く深く頭を下げた後、スタンドに拳を突き上げる。
スタンドが拳に拍手で応える。
ふと、るかを見る。
本当は彼女は仲間と同じ空気を吸い、抱き合っていたはずなんだ。
市民会館も割れんばかりの拍手に包まれた。
その後、監督のインタビューが流れ、甲子園も会場も大きな感動に包まれた。
「とうとう優勝したね。おめでとう」
「連れてきてくれて、ありがとうございます」
「甲子園に連れて行く約束に比べたら、全然たいしたことないけどね」
「いえ。車椅子なのに場所まで確保して。本当は大変だったんでしょ?」
「決勝の先発に比べたら、それほどでも」
楽しい時間には終わりが来る。
夢はさめるから夢なのだ。
俺は、どうして彼氏がいるのに俺と逢うのか聞かないといけない。
監督のインタビューも終わり、みんな帰り支度を始めた。
勿論俺達も。
すると、モニターでは監督に続き、選手へのインタビューが始まった。
主将と並んで映るのはエース斎藤翼だ。
「まずは甲子園優勝おめでとうございます。そしてありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
「熱闘を振り返って、一番印象に残っている対戦はどこですか?」
「そう……ですね。実は甲子園じゃないんですよ。な、斎藤」
「はい。宮城大会の初戦、柴ノ田高校戦が一番苦しかったです」
「勿論、どの高校も強かったし、どこに負けてもおかしくなかった」
「確かに、6対4というスコアは甲子園での戦績をみても接戦でしたね」
「僕達がここに立っているのは、みんなのお陰です。その中には柴ノ田や他の東北代表校なども含まれます」
「頂点に立つのは一校だけです。でも、まだまだ僕達の野球人生に終わりはない。次の舞台でもまたみんなと戦いたいです」
「だってさ」
脇腹を肘で小突かれた。泣きながら微笑んでいる、るかの顔が見上げている。
「日向さん。野球続けてくださいね」
「どうして君は……」
「私、好きなんです。兄からよく日向さんの話は聞いていました」
「あ、兄?」
「えー! 閖上《ゆりあげ》で言ったじゃないですか。斎藤翼の妹だって」
「嘘? マジで?」
確かにあの時舞い上がって、るかの自己紹介の大半が頭に入らなかった。
「じゃぁ、今日親がいないってのは」
「勿論、応援で甲子園ですよ。私、入院してるから。
え? 知ってて誘ってくれたんじゃないんですか?」
やっちゃん、俺の青春、これから延長戦に突入するみたいだよ!