第10回「ネクタイ」3分
人物
竹田博夫(55)会社員
竹田尚子(51)博夫の妻
竹田みさ(20)博夫の娘・大学生
部長 博夫の上司
女性社員
男性社員A
男性社員B
居酒屋大将
〇竹田家・外観(朝)
〇同・リビング
テーブルに並ぶ朝食。
気難しい顔で朝食を食べる竹田博夫(55)
竹田みさ(20)が急いだ様子でリビングへ入ってきて
みさ「ねぇお母さん今日早いから起こしてって言ったでしょ」
竹田尚子(51)がキッチンから
尚子の声「起こしたわよ、三回くらい」
キッチンから洗い物の音。
博夫「みさ、今日は遅いのか?」
みさ「昨日も言ったよね?泊まるの」
と、勢いよく出ていく。
博夫はしかめ面でみそ汁を飲む。
〇同・玄関
靴箱に置かれた派手なネクタイ。
ネクタイを手に取って鏡を見ながら結ぶ博夫。
博夫「なぁ、コレしかないの?」
尚子の声「はい?なんか言った?」
博夫「あー、もういいいよ、はぁ」
と、玄関を出る。
〇升屋工業・外観
〇同・営業部
部長に頭を下げる博夫。
博夫「すみません……」
部長「いつまで係長やってんだろうね、ほんと」
博夫「だいたいさ、センスないのよいろいろ、売るのも、そのネクタイも」
博夫「はい……」
と、頭を下げ続ける。
〇同・休憩室
缶コーヒーのタブを弄る博夫。
博夫、ガラスに映った自分を見て、ネクタイを外す。
博夫「くっっそ!」
と、ネクタイをゴミ箱へ放り投げる。
〇同・ロビー(夕)
地味なネクタイを付けた博夫が入り口から入ってくる。
エレベーターへ向かう博夫。
〇同・営業部(夕)
博夫は自分のデスクにため息交じりに座る。
女性社員が近づいてきて、
女性社員「あの、コレ落ちてましたよ」
と、畳まれた派手なネクタイを博夫のデスクに置く。
博夫「あ、ありがとう」
部長の声「おい!竹田、戻ってんなら報告来い!」
博夫は泣きそうな顔で席を立つ。
〇同・トイレ個室(夕)
深いため息を吐く博夫。
ポケットから派手なネクタイを取り出してドアノブに括り付ける。
ネクタイの輪に首を通しかける博夫。
男性社員Aの声「部長さ、竹田さんにきつくね」
男性社員Bの声「ま、やつあたりじゃない?」
男性社員Aの声「ネクタイとかさ、関係ないっしょ」
男性社員Bの声「でもさ、いつもめっちゃ派手だよね」
男性社員Aの声「奥さんの趣味かな?」
男性社員Bの声「え?だったら付けてるの優しいよね」
男性社員Aの声「竹田さん優しいからさ」
男性社員Bの声「あ、わかるわそれ」
水の流れる音。
× × ×
個室から出る博夫。
鏡の前に立ち、地味なネクタイを外し派手なネクタイに付け替える。
〇居酒屋・外観(夜)
〇同・内(夜)
カウンター、一人で飲む博夫。
大将と目が合う博夫。
大将がニコリとする。
〇橋(夜)
千鳥足のノーネクタイの博夫。
橋の欄干にもたれる。
博夫「はぁ、なんでこんなんだろうか」
と、欄干に足をかける。
大将の声「おーい、おいおいおい」
と、博夫にしがみつく大将。
博夫、地面に転がる。
博夫「いってぇ」
大将「あっぶねーよ、おやっさん飲みすぎよ」
大将は派手なネクタイを博夫に持たせて、
大将「忘れてあったよ」
博夫「なんで……」
大将「こんな派手なヤツ、あんたくらいしかつけてねえよ」
と、笑いながら肩を貸す。
博夫は対象に寄り掛かりながら歩く。
〇竹田家・リビング(夜)
テレビを見ている尚子。
テーブルの上に置かれた箱に入った新品の派手なネクタイ。
博夫、入ってきて
博夫「ただいま……」
と、テーブルの上の箱入りのネクタイに気付く。
博夫「ねぇ」
尚子、テレビを見て博夫に背中を向けたまま
尚子の声「なに?」
博夫「なんでいつもこんなに派手なの?」
尚子の声「でしょ、派手でしょ」
テレビの音が響く。
尚子の声「あなたが絶対に選ばないヤツを選んでるの」
博夫「そうなの……」
尚子の声「意志にそぐわない方が何かといいのよ」
博夫はポケットから取り出した古い派手なネクタイを触りながら、
博夫「……確かに」
博夫の背中を見る尚子。
博夫は背中を向けたまま、
博夫「風呂入ってくるわ」
と、古い派手なネクタイをテーブルの上に置いて、新品の派手なネクタイを持っていく。
了