祖父と喧嘩した日

 看護師の女性からきいた話だ。

 中学の頃彼女は、両親兄弟と祖父の六人で暮らしていた。彼女は幼い頃、特に祖父に懐いていて、祖父もたった一人の孫娘をたいそう可愛がってくれた。
 しかし彼女が中学に入る頃には、友だちが増え、部活や勉強も忙しくなり、祖父とは生活のリズムが合わなくなった。それでも、祖父は孫娘が可愛くて、声をかけたりするのだが、動きが鈍く、なかなか言葉が出てこない。そんな祖父の言動は、忙しい彼女のリズムを乱れさせる。いつしか、彼女は祖父を疎ましく思うようになった。
 その日の朝も、祖父と喧嘩をして、彼女は最悪の気分で学校に向かう。
午前中は普通に過ごしたのだが、なぜかお昼あたりから体調の悪さを感じ、保健室に行った。顔面は蒼白になり冷や汗が滲んでくる。
「早退する?」
と救護教諭に言われたが、歩くのがしんどいので、ベッドの上で休ませてもらった。
 不意に目が覚める。
(あれ?)
 外は明るい。校舎には生徒がおおぜいいるはずなのに物音がしない。窓は開いていて、カーテンが風に動いている。そのカーテンの下から足が見えた。
(足?)
 とたん、踏む場所を失ってガクンと自分の足がズレた。

目が覚めた。
夢だったのか?

 ようやく、気分もおさまり家に戻ることにした。
 家に着くと、自分の部屋にすぐには戻らず、しばらくリビングで観たいテレビ番組を観ていた。祖父の部屋がリビングのすぐむこうにあったが、今朝の喧嘩を思い出し、声はかけなかった。
 十分に番組を堪能したので部屋に戻ろうと、祖父の部屋の方を振り返ると、祖父の部屋の戸が開いていて、彼は床に寝ているようだった。足だけが見えている。
(また、変な所に寝てるなぁ)
 しかし、身じろぎもしない祖父に違和感を感じ、そばに近寄って揺り動かすと、彼は既に冷たくなっていた。
 あとになって、彼女の具合が悪くなったあの時刻に、祖父は息を引き取ったらしいことがわかった。脳卒中であった。

あれは、祖父のSOSではなかったのか?
あのとき戻っていれば、あるいは。

 その後、母から、祖父はパーキンソン病であったことを聞かされた。それは、彼女が看護師になった後のことである。
 幼い頃はわからなかったが、医療従事者となった今なら理解できる。あの頃の祖父の動きの鈍さ言葉が出ないことは、病気の症状であったと。そして、祖父が、自分を愛してくれていたことも。
「ごめんと言っても、もう届かない」
そう言って、彼女は目を伏せた。

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