「人類によい結果をもたらす暴力ならばね、大いに使う」
原一男監督『ゆきゆきて、神軍』(1987年)をみる。本作は、太平洋戦争のニューギニア戦線から帰還した男・奥崎謙三の、慰霊と戦争責任追及を追ったドキュメンタリーである(1)。
「(戦場の:注)地獄を語らなくってね、戦友の慰霊なんかなるはずがないすよ」(2)と語る奥崎は、戦場の真実を知るためなら暴力も噓も厭わない。
相手がお茶を濁すような発言を繰り返せば殴りかかる。それによって警察を呼ばれようと、一向に躊躇わない。また、知人や妻に、兵士の遺族のふりをするよう頼む。遺族の意見であっても、自身のそれと食い違えば、ともに行動することをやめてしまう。
奥崎の行動は、戦場で死んだ兵士を弔うためと語りつつも、なにより自分のためになされるものだ。「自分のため」というのは、つまり先の戦争に落としまいをつけて、きちんと自身を戦争から解放するということ。奥崎の言葉を使えば、「天罰」に応えることだ。
奥崎は、正義を全うするための暴力を肯定している。戦争とはまさに、このロジックを各国が掲げることによってなされるものだ。正義の栄光を掴めるのは、戦争の勝利者だけである。ここには危うさがある。
奥崎の暴力論は、彼が先の戦争において抱いた違和感・憎悪を解消するために生み出されたものである。つまり、行動の原動力を外部に依存していない。どのような抑圧を受けようと、彼は何度も行動にうつり、牢獄にぶちこまれる。
このような人間が、現代にいるだろうか。
口だけは達者な連中が、弱者ばかりを槍玉にあげて罵詈雑言をとばす姿のみが頭に浮かんでくる。
【注】
(1)原一男が奥崎健三を主人公としたドキュメンタリーを作ることになったのは、今村昌平監督に奥崎を紹介されたことがきっかけとなっている。当時、今村監督のもとで助監督をしていた原が、「ドキュメンタリーを撮影したい」と漏らしたところ、「面白い男がいる」といって、奥崎健三を紹介されたという。当初、今村監督のもとで製作が進行すると考えていた奥崎は、代わりに原が撮影を行うことを知り、不満気であった。原のことを紹介するたびに、「有名な今村昌平監督の紹介」であることを強調したために、原はうんざりさせられたという。
(2)『ドキュメント ゆきゆきて、神軍 増補版』(皓星社、P.220)
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