愛の意味を尋ねようにも

 誰にも愛されていないから。

 そう言って、君は消えてしまった。
 さようならとありがとうを伝えることすら許されない、実に一方的な別れだった。
 私は常日頃から君に好意を伝えていたし、君がその存在を否定するたびに、言葉を尽くして肯定してきた。曖昧な言葉は君には伝わらないと知っていたから、できるだけストレートに伝えるよう意識していた。そのどれもが伝わっていなかったのだとしたら、それは私が悪いのだろうか? 私がもっと愛を伝えていたら、君は今でもこの場に居続けてくれたのだろうか?
 君は一体何を求めていたのか。それに辿り着くことのできなかった私が悪いのか。
 本当は分かっている。君は君の弱さに負けて、勝手に消えてしまっただけ。そして次の場所でも繰り返すのだろう。今までだってきっとそう。
 ならば、君のような人間を救うためにはどうすれば良かったのだろうか。

 答えは簡単だった。
 君の脳には、愛を受け入れるための機能がひとつも備わっていなかった。
 つまり、この世の誰にも、君を救うことはできないのだ。愛にまみれたこの世界で、君が生き抜いていく術など無いように思えた。
 君がこれまで社会から逃げ回ってきたことは、なんとなく想像がついていた。逃げて逃げて、やっと辿り着いたここですら、君の居場所にはなれなかったのだ。
 ただ、私の言葉は届いていた。届いていたのならば、何故。
 君に聞いてもわからないことを、誰に聞けばいいのかわからなかった。
 君への好意は本物だったし、ひとつの嘘もついたことがない。大好きだった。今だって大好き。私だけではなく、私の周りの人間も、君のことが好きだった。君を嫌っている人なんてひとりもいなかった。みんな君を必要としていた。
 でも、君には伝わらなかった。伝わってはいたけれど、足りなかった。
 君の弱さが原因だとしても、それでも、私にできることがあったのではないか。

 君の中から愛が消えたわけではないことは明らかだった。君からは本当にたくさんの愛を受け取った。本物の愛だった。君は誰よりも愛を大切にしていた。人を想う気持ちがあった。平等に、誠実に。君はそんな人だった。決して、それが消えたわけではないのだ。致命的な弱さと、どこかでかけられた呪いが、君をそうさせているのだ。
 そこまで分かっているのに、私にはどうすることもできなかった。もう、君に愛を伝えることも、君から愛を受け取ることもできないのだ。
 心にぽっかり穴が空いた気分、というものを初めて経験した。どうしようもない空虚だった。君の空虚を埋めることができなかった、その報いだと思った。君にかかった呪いを解くような、そんな言葉を、魔法を、使うことができなかった。
 もしも君が私の後悔を知ったら、きっと「どうせすぐに愛は消えるよ」とか「そんな気持ちになるのは今だけで、どうせすぐに新しい人が見つかるよ」とか、そういう事を言うんだろうな、と思った。君には、何をしても、いつまで経っても、ひとつも伝わることはないのだろう。伝わったとしても、君が受け取ることはないのだろうと気付いた。正しくは、気付かないふりをするのをやめた。
 それでも、君を満たす言葉を紡ぎたかった。君の光になりたかった。
 君の瞳に映る世界を知りたかった。



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