デカみたいだね 『ポニイテイル』★13★
「最近ふうちゃん、ヘンなんだよね」
「やめろよ、もういいじゃん。気がすんだろ」
「なに気がすむって?」
やせパンダは語気を強めてハムスタを叱る。
「もうこの辺でいいや、って思うこと」
「あい? 意味くらい知ってるよ!」
「尾行とか最悪だな」
「しょうがないじゃん。これは調査なの。あの子ね、塾サボりまくってるんだよ。親友としてはキッチリ原因調べないと」
「学校も、時々休むもんな……やっぱオレのせいかな」
「は? マカムラッチなんてゼンゼン関係ないよ。ふうちゃんはね、たぶん病気なの。ネットやり過ぎで、頭がデカくなっちゃう病」
あどは頭をゆらゆらと揺すった。
「そんな病気あるかよ。実はさ、意外と悪い男とタバコ吸ってたり。ていうかもっと悪いことしてたり」
「ふうちゃん、タバコの害について1万個くらい挙げてたよ。むしろマカムラッチじゃん、心配なのは。タバコ吸っちゃだめだよ」
「あいつ、金持ちのお嬢さんってウワサじゃん。悪い奴がたかってくる可能性はあるな。おまえ、鈴原の家に行ったことある?」
「ない」
「親友なのに? ていうか本当に親友か? オマエら、今日だけでも何回ケンカしてんだよ」
「見て見て。ぜんぜん気づいてない。無防備マックスだね。ウチが今まで尾行した人の中でも、誘拐しやすさランキング第1位だ」
「もうやめろよ」
「ふうちゃんもそう言うけどさ、なんで尾行がダメなわけ?」
「誰でも隠しておきたいことあるだろ」
「ウチはないよ、別に」
「オレ、もう帰るからな。じゃあな」
「いいよ、1人で帰れば。マカムラッチなんて」
「は?」
「それでも本気でブラさんの助手になるつもりあんの?」
「ああ、そうだよ」
「どんなウワサやどんな話にもちゃんと向き合えって言ってたじゃん。ボスの命令はちゃんと守らないと。それにマッキー、良いもの何もゲットしてないじゃん。誕生日のミラクル感もゼロだし」
「うぐっ」
「砂漠をうろつく抜け目ないハンタたちと勝負するんでしょ。ダマしたりダマされたりの世界なんでしょ」
「おまえ、本のあらすじも覚えられないのに、人の話はいちいち細かいとこまで覚えてんだな。もしかして特殊能力?」
「ありり、なんであんなトコで止まる?」
立ち止まった鈴原は、ジュースを買うようなポーズをとっているが、バンビの前には自動販売機などない。
あるのは巨大な壁だけだ。
「何してんだろう」
「壁に手をついてるな」
「それは見ればわかるって」
風は石化した少女のように、じっと頭を下げている。
「あのポーズ、なんだか悲しみの壁チックだね」
「何だそれ」
「あれ? 知らない? ちがう名前かな。でも妖精さんと図書室で見たんだ。黒い服と黒い帽子をかぶった大人たちが、壁に片手をついて、真剣な顔で祈ってる。ずーっと昔からある、とても大切でミステリアスな壁」
「想像つかないな。どこの国の話だ?」
「たしか日本からは誰も、一生行かないような、すごく遠い国。いつかブラさんに頼んで案内してもらおう」
「ずうずうしいヤツだな。あのね、ブラさんは基本的に男しか――」
「あれ?」
鈴原風が、いない。
「消えた!」
「マジか!」
「まさか、壁に吸い込まれたとか!」
花園と真神村は風が固まっていた位置へ走る。少女が消えたのは、表面がつるつるした深く暗い石で覆われた、10階建てくらいの細長い背の高いビルの前だった。
「ブキミな建物だな」
高すぎててっぺんを見上げるとひっくり返ってしまいそうだ。
「うん。フツーじゃない雰囲気満載だね」
窓がない。何より入口らしき箇所が見当たらない。
「でも、ゼッタイここだよ」
「裏口でもあるんじゃね?」
「ふうちゃーーん!」
大声を出すが、声は壁に吸収されてしまう。ビルからは人の気配が感じられない。というか道にも人の気配がない。宇宙人が襲来してくる日があったら、その直前はきっとこんな静けさに包まれるはずだ。
「こういうビルには、非常口があるはずだ」
マカムラがビルの裏側に回り込む道を探す。
「非常口?」
このレベルのビルには、法律上、非常口や非常階段が必ず設置されているはず、とはマカムラの見解。
「そういう階段って火事とか大事なときに使うんでしょ」
「ダチが消えたんだぞ。これ以上の非常事態があるか?」
「ダチって……マカムラはデカみたいだね」
「デカって……花園はカニみたいだぞ」
ポニイのテイル13 若じゃないよ、貴だよ
『あぶない刑事』をハラハラしながら見ていたのは小学生のころ。
塾の子たちに『自分が小学生の頃は』という枕をつけて何かを話すと、とんでもなく昔のことのように受け止められるけれど、自分にとっては『ちょっと前のこと』に思えるんです……。
鈴原風さんが困っていたように、私も卒業アルバムに『将来の夢』を書かなくてはいけないと言われた時、ものすごく迷った。そして候補に挙がったのが『先生』と『デカ』だった。結局『先生』をチョイスして、その夢は、塾の先生という形でかなえることができた。
一方、刑事はあえなく却下されたわけだけど、私以外の3、4人が『刑事』を選んで卒業アルバムに夢として書いていた。
この映画をまさか自分が『小学生になった子どもと観に行く』ことになるとは……。貴乃花が貴花田だったころ、『昔、この子のお父さんが大関でね』みたいな話を父から聞かされていたけれど、それに近いことが起きている。あのときの父にとって、私に話した思い出話は、そんなに昔のことではなかったんですね、感覚としてはたぶん。
いろいろと貴乃花がTVに映し出されているようですが(私は家では見ようと決めた番組以外、ほとんど見ないのでわかりませんが)先日、YouTubeで息子ハルキに千代の富士VS貴花田を観せたとき、ハルキが
「若っ!」
と驚いていました。若ではなく貴なんですけどね。イチローの『シーズン最多安打MLBレコード』も「我が巨人軍は永遠に」みたいな感覚でとらえられているのかもしれない。動画などで情報に、新旧問わない形でダイレクトにアクセスできるので、時系列というか時間感覚は私と息子では大きく違うかもしれないけれど。
noteもそうですが、毎日、多くの文字に触れていると、読むスピードが速くなる一方で、ゆっくり想像することが少なくなる。塾の子で『何かを想像すると、リアルに思い描きすぎてすぐに泣いたり涙ぐんだりする男の子』がいるけれど、そういう子が、今回のような、『少し奇妙な描写』を読むと、本当に恐る恐る字を目で追うという状態になる。いろいろな子がそうなっているところを、これまで何度も目にしている。今、いろいろ感じているんだろうな、頭の中に広がっているんだろうな。はた目にも感じられるほど、真剣に入っているときがある。
読みなれた自分の視点で、カメラの寄り具合だとか、情報の濃さをジャッジするのではなく、恐る恐る、そこにいる人の視点で物語をのぞきこみ、その上で物語のピントを合わせるべきという気がしてます。この点では、自分が塾の仕事をやりながら執筆できている点にはとても感謝しています。
読みなれないように読む。世界に入ったうえで、ピントがあったものをすくい上げる。物語とエッセイ、日常と空想を、あるときは隔てあるときは融け合わせる。
「ブキミな建物だな」
というたった8文字のセリフに、自分の『ブキミ』と『建物』を総動員する。デカといえば『あぶないユージとタカ』だし、建物の中を、拳銃を構えたポーズで、身を隠しながら、忍び足で進んでいくシーンを思い出す。すっかり忘れていた暗くて冷たい、思い出の中の建物の廊下がいきなり浮かび上がることを楽しむというか委ねるというか、心と頭を自由にさせっぱなしにする。書くときも読むときも、心をフルオープンにして、想像の連鎖をイメージに結実させる。
写真は近所で出土したハニワです。なんでこっち見てるの? かわいい。
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