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2. Synthesis and Interlayer Assembly of a Graphenic Bowl with Peripheral Selenium Annulation

doi.org/10.1021/jacs.2c12401

カーボン系の合成で有名なYuan-Zhi Tanの新作。JACSに2023年2/6に受理。ヘキサペリヘキサベンゾコロネンのBayエリアをSeで架橋することで、ボウル型の構造ができ、それらが極性溶媒中でもきわめて強くスタックする上、お椀が重なったシリンダーが同じ方向を向くようにパッキングした異方性の結晶を形成することを報告している。また、その結晶は顕著な偏光依存性を持つ強い第二高調波(SHG)を発生させるらしい。

1966年にコラニュレンが、1985年にフラーレンが合成されており、かつて曲がることはないとされていた芳香族分子がある程度の歪みの負荷を許容しうることがわかっていた。しかしその熱力学的に好まれない負荷を有機合成のなかでデザインすることはやはり至難の業であった。その中で、2013年に伊丹研が発表したワープドナノグラフェンが、猛烈に話題を呼んだことも記憶に新しい。

このような歪みπ共役分子は、見た目より遥かに高い溶解性を持つことや、ねじれ構造に起因したキラリティを有すること、そして歪み部分の動的な動き(コラニュレンやヘリセンの反転など)など知られている。

こういった分子を合成するためには合理的な合成経路の設計が必須となる。自然は常に不安定な状態を解消する方向に変化するため、当然分子もまた安定な状態から不安定な状態に変化するような、いわゆるup hill型の反応は起こさない。そのため、歪みπ共役合成の根底にある方法として、もともと歪んだsp3炭素骨格などの構造作っておき(炭素炭素単結合は案外負荷に柔軟に対応する:シクロヘキサンのイメージ)、それらを芳香族化することで、芳香族安定性の利得を使ってdown hill型の反応として合成を進める。

ここで少しYuan-Zhi Tanの研究の来歴を見ていきたい。Yuan-Zhi Tanは、様々なナノカーボンの合成および物性調査を行っているが、初期の研究はフラーレン系に焦点を当てていたようだ。
彼の最初の筆頭論文は(おそらく)2008年のNature Materials(すごい)。

部分的にCl化することによって、#1809フラーレンのIh対称性を崩すと言うものであった。フラーレンにはいくつかの種類があり、なかでも#1,809フラーレンや、#1,804フラーレンなどは五員環が隣接した構造を持つ。そのようなフラーレンは、一般的なサッカーボール様のフラーレンよりわずかに歪んだ構造を持つ。この部分を狙って塩素雰囲気下でClをアタックさせ、フラーレンの持つIh対称性を崩したと言うものだ。この頃から、カーボンの持つ歪みやヘテロ修飾、それらの物性変化に研究の焦点が当てられている。(同年、やや構造の異なるC56の塩素化でJACSも出していて、すごい。当時のフラーレン修飾はインパクトが相当でかかったんだろうか、、)

翌年2009年にはNature Chem.にフラーレン中の五員環構造の連結とその安定性や物性の相関を報告し、2010年にはフラーレン類の調査やその塩素化による物性変化に関してNat. Chem. に1報、JACSに2報とpublishしており、破格のキャリアを積んでいる。

2012年にKlais Mullenの元で平面カーボンの自己集合に関する研究を始めた。

doi.org/10.1021/ja3082395

素晴らしいMullen研の合成力で合成されたチオフェン縮環コロネンの論文に、Equally contributionとして名前を連ねている。この論文の中で、液晶相の観察やGI-XRDを用いた構造解析を行っており、自己集合への知見を得たとみえる。
2013年に筆頭著者としてNat. Commun.に報告したのは、エッジが全てClに置換された巨大カーボンの合成の報告であった。元ラボでのカーボンの塩素化反応と、Mullen研の巨大カーボンが素晴らしく融合している。

DOI: 10.1038/ncomms364

さらに2014年にAngewante Chemieに、まさに今回JACSに報告した分子の元になる論文を報告した。それが硫黄で縮環されたHBCの合成である。前年に報告したカーボンのエッジCl化の中で、HBCのCl化も報告している。これを出発物質として、HBCの周囲を修飾する技術がもたらされた。ジメチルイミダゾリノン中で硫黄化試薬を作用させることで2種類の化合物が生成した。この論文では、硫黄化HBCの結晶構造と光学特性のみが報告されている。

その後また元ラボでいくつかの論文を報告したのち、(おそらく)2017~2018年あたりで独立した研究を始めている。そこで、現在も続くカーボンの合成とそのヘテロ化を研究してるようだ。

はじめこそMullen研のにおいを感じる巨大カーボンの自己集合を報告したが、歪んだカーボンが2019年のAngewに顔を出す。

doi.org/10.1002/anie.201904329

この論文で、ボウル型のトリチアスマネンと、歪んだナノカーボンとの2:1の相互作用を報告しており、独立して以降は歪みナノカーボンの合成とその集積に焦点を当てようとしているようだ。

さて、ここまでYuan-Zhi Tanのルーツを見ていけば、大体今回の論文のながれがわかってくる。

 今回の合成原料は、Mullen研で2013年に筆頭著者としてNat. Commun.に報告したパークロロHBCである。パークロロHBCはクロロ基の立体効果によって大きく歪んだ構造をとっている。この歪みを少しでも解消する方向に進むことで、わずかに歪んだボウル構造への反応が進行する。
 diphenyl diselenide存在下、NaOHとともにDMI溶媒中で室温で12時間まわすことで図のようにSe化したカーボンができる。面白いことに、これらは分子量にして1915のはずなのだが、通常のMS測定ではちょうど2倍の3829のシグナルが強力に検出される。MSのレーザーを強力にしてようやく1915のシグナルが見れるらしい。

さらに面白いことに、1H- NMRを撮ると、検出されるのは単純なフェニル基のシグナルではない。本来なら、コア部分のHBCのエッジが全てSeと結合しているため、フェニル基に由来する3種のシグナルがみえると予想されるが、実際は5種類のシグナルが見えてしまう。


自分だったら絶対にMSと合わせて「合成が失敗しているか不純物がいっぱいいる」と考えてしまうが、興味深いことに1H-1H COSY NMRスペクトル、13C-1H COSY NMRスペクトル、2D NOESY NMRスペクトルを測定すると、目的分子が2枚で積層した状態にあることがわかった。この分子は強力な積層能力で、極性溶媒中でも積層した状態に拘束されているわけだ。

溶液中で積層できる分子はいくつかあるが、1分子で独立した状態と平衡状態にある場合はブロードしたシグナルになる。しかし今回のNMRの結果は比較的シャープに観測されているため、かなりしっかり2枚積層が安定化している印象がある。
さらに面白いのは、積層分子が上下で異なるシグナルを示している点で、これは積層分子に上下がある(お椀構造である)ことをはっきり示す結果だ。

単結晶構造解析で、ボウルの深さがかなり大きいことだけでなく、それらがしっかりと積層してることが示さた。さらに面白いことに、Se同士は上下に接近した構造をとっており、Se-Se相互作用や、Se-π相互作用の存在が示唆された。Seのσホールが効いてるのか、カルコゲン元素の妙である。

最後に、Second harmonic generation(SHG): 第2高調波発生に関する実験。SHGは、光の2倍の周波数(波長が1/2)の光を発生させる現象らしい。例えば一般的なNd:YAGレーザー(波長1064nm)の光をSHG素子に導入することで、532nm、266nmの光を放出するような現象だ。

今回は、このボウル分子の結晶に1380 nmのフェムト秒パルスレーザーを当てたところ、理想的な690 nmの光を発したらしい。その強度は、一般的なSHG素子として利用される単層WS2は単層hBNの素子よりもはるかに強力に観測された。しかもその光は、棒状結晶の伸長方向と平行な方向にしっかりと偏光して発せられていることが確かめられた。

競争相手の多い熾烈なカーボン合成の分野で、Yuan-Zhi Tanは猛烈なトップランナーとして活躍している。先日は、この論文とはまた別にヘリセン系の合成でJACSを出していた。次回はヘリセン系をまとめてみたい。


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