追悼
大好きな人が亡くなった。享年28歳と聞いた。芸能人の訃報でここまで動揺したのは初めてで、どう気持ちの整理をつけたらいいのか、まったくわからないまま、この文章を綴っている。
さユりちゃんの音楽と出会ったのは、私が17歳の頃だった。その頃の私は体調を大きく崩して、精神状態も悪化しており、毎日うつ症状に悩まされていた。
そんな中で、ある日YouTubeのアプリ内CMに出てきたさユりちゃんの「フラレガイガール」を聴いて、その歌声の虜になってしまった私は、貪るように彼女の歌を聴き漁るようになり、どんどん魅了されていったのだった。
彼女の書く歌詞が好きだった。彼女の歌う苦しみと踠き、そして光の方へと向かうような生命のエネルギーは、当時の私に寄り添い、優しく照らしてくれる月明かりだった。
アルバム『ミカヅキの航海』を買って、ひたすらに聴き込んだ。どの曲も好きだが、特に「オッドアイ」や「夏」の包み込むような歌詞には救われたし、「ミカヅキ」や「birthday song」には強い共感を覚えた。闇を知っている人だからこそ、照らせるものがあることを教えてくれたのは、他でもない彼女だった。
配信曲のアレンジも好きだったけれど、ギターの弾き語りがいっとう好きだった。憧れから自分もアコースティックギターを始めたほどだった。演奏にはエネルギーが必要だったので、結局弾けるほどにはなっていないけれど、ギターに触れることは、最終的に学校に通えなくなってしまった私の、数少ない安らぎの時間になった。
その後、弾き語りのアルバムが出る、と知って、飛び付くように購入した。アルバム『め』だ。最初に買ったアルバム以上に、このアルバムを聴き込んだ。特に好きだったのは、「夜明けの詩」。この曲は、彼女のデビュー前からの曲らしいのだが、闘病中で未来が見えず苦しんでいた私にちょうど重なるような歌詞で、繰り返し聴いていた。
ちなみに、こちらのアルバムに関しては、過去にレビュー記事を書いている。
これほどまでに大好きだったさユりちゃんの曲も、時間が経つにつれて追わなくなって、ここ何年かは過去の曲ばかりを聴いていた。そんなものだから、最後までライブに足を運ぶこともなかった。今はそのことが悔やまれて仕方がない。
あの歌声を生で聴けるうちに、ライブに行けばよかった。知らない曲があるなんてことは気にせずに、ただ会いに行っておけばよかった。会えるのも、好きを伝えられるのも、生きている間だけ。そのことが痛いほど身に沁みる。
こんなに若くして亡くなってしまったこと、きっとご本人も悔しかっただろう。もっと多くの曲を世に届けられる人だったし、もっと多くの人を救える人だった。私生活でも、ご結婚されたばかりだったのに。もっとたくさん、幸せな思い出も作れたはずだった。すごく悔しい。お悔やみ申し上げます、なんて言葉では言い表せないほど、悔しくて悲しくてたまらない。
今はただ、ご冥福をお祈りいたします。
たくさんの光を、ありがとう。いつまでも大好きです。これからもずっと、あなたの歌を聴き続けます。