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色材つれづれ(その3)「アラビアゴムの不思議」

今回は顔料ではなく、色材としてのアラビアゴムについてのつれづれです。

アラビアゴム。アラビアガムという場合もあります。Gum Arabicですね。透明で粘性のある物質です。画材分野では水彩絵の具のバインダーとしておなじみですね。絵の具だけではなく医薬品や食品など様々な分野で使われています。たぶん色々なところで使われていて、知らないうちにとてもお世話になっている物質だと思います。

アラビアゴムの原料はマメ科アカシア属の植物の樹(アラビアゴムの木)に傷をつけた際に出てくる樹液が固まったものだそうです。樹脂なのに水溶性というとてもヘンテコな物質です。びっくりしますね。こんな都合の良い物質が合成しなくても自己生成してくれるなんて、自然界は偉大。
アカシア属の樹のうちアラビアゴムの原料となるのはセネガル種とセヤル種の2種だけで、気象条件や社会情勢の変化により供給が安定しない傾向にあるようです。それで、良質なアラビアゴム原料を確保するためにメーカーさんも苦労されているようです。
アラビアゴムは化学的には高分子多糖類と呼ばれる物質です。多糖類と糖タンパクが数珠繋ぎになったもので、水溶液中ではコロイドになります。水に溶けていても分子がお互いにゆるく手をつなぎ合っているような状態なので粘稠性が生まれます。トロトロしたねばりがあるのはそのためなんですね。
屈折率は濃度によって変わりますが、30%水溶液でもだいたい1.37ぐらい。これより薄いと屈折率も低くなってゆき、当然、だんだん水の1.33に近付きます。

ところで自然材料を使う際の注意事項といえば、細胞を飼ったり免染したりしたことのある人にはすぐにぴんとくるかと思います。おなじみ、非働化処理・不活化処理です。アラビアゴムは血清ではないので動物のような補体はありませんが、樹脂といえば植物の分泌物のようなものですので内因性酵素はやっぱりアラビアゴムの樹脂塊中にも含まれています。酵素の不活化、これ、大事です。文献によればこの内因性酵素を放置すると自己消化により溶液中で粘性が低下したり、あるいは使用中に意図しない反応が起こる可能性があるようです。食品分野では特に乳製品との反応が問題になりがちとのこと。文献を見る限りでは酵素はペルオキシダーゼ系がメインのようで、よって熱処理で失活できます。処理温度は80℃以上とか55℃以上とか文献によってまちまちですが、ホルベインさんの「絵の具の科学」では60℃以上、となっていますね。きちんとしたメディウム調整レシピでは必ず湯煎での加温溶解となっているのはこのためかと思います。(参考までに、筆者は不活化工程はホットスターラーで加温溶解しつつ放射温度計で液温を確認しながらやってます。(なお、筆者はアラビアゴムメディウムに関しては調整済み製品の使用をおすすめしているのですが、その理由は自作だとこの湯煎工程が危ないからです。))
ちなみに試薬や局方のアラビアゴムは精製済みのもので、樹脂塊を水で溶解して濾過&加熱処理&イオン交換で脱塩したのちシート状にプレス・粉砕しているのでこういった酵素などの夾雑物は不活化あるいは取り除かれています。純度は高いですが、塩類がないので溶解後の物性挙動が塊のものとは少し違うようです。安定性にも違いがあるそうなので、目的に応じて使い分けるのがいいのではないでしょうか。

それと、忘れちゃいけない保存性。有機物で水分活性が高いと微生物、つまり細菌や酵母、カビが繁殖しやすくなります。それを防ぐためには防腐剤が有効です。人間には害が少なく微生物には毒となる物質を使います。加えてケミカル的にも物理的にも安定なものが良いですね。昔は人間にも少し有害な物質が使われていたりもしたようですが、今は画材メーカーさんから毒性の低い良いものが発売されていますので、そういったものを用法用量を守って使うのがおすすめです。

以上、不思議な樹脂アラビアゴムのいろいろでした。
文献的に調べただけでこの分野は素人なので、錯誤等ありましたら教えていただけると喜びます。


参考文献
岩波書店「理化学辞典 第5版」
ホルベイン工業「絵の具の科学」
「アラビアゴムの話」化学と生物 Vol.5 No.12
「アラビアガムの特性とその利用」応用糖質科学 第1巻 第3号 (2011)
「封入液の屈折率の操作による明視野位相差顕微鏡像の改善」日本水処理生物学会誌 第36巻 第1号, 41-46(2000)

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