生きた化石に夢を思う
出先で読む日経新聞「私の履歴書」に
趙 治勲(ちょう・ちくん )・日本棋院所属の
囲碁棋士の文章が連載されている。
※号は本因坊治勲(ほんいんぼう ちくん)
韓国出身で、いまどきめずらしい酔狂な人物。
おもしろい人だと思ったのは、たとえば。
とても幸せな時期について、
後年覚えているのは小さなアクシデントであったりすること。
韓国出身の囲碁棋士として、大きなタイトルを獲得した若き時代。
母国のお偉いさんから、誉(ほまれ)の集いに呼ばれて
向かう飛行機のファーストクラスの席でのこと。
機体が離陸してゆれたとき、
せっかく新調した奥さんのドレスに飲み物が飛び散ったことを、
なぜか覚えておられ述懐している。
別の話題の引用からは:
「(中略)こうした記録を振り返ってみると、
自分でも驚くほど勝ちまくっているが、実を言うと、
この頃の記憶はかなりあいまいだ。
(中略)公私ともに順調だった。幸せすぎると、
あまり心に残ることがないのかもしれない。」(2024.5.15付 日経新聞)
幸せの真っただ中にいるのに、振り返って覚えているのは
ふしぎと小さく傷ついたことだったりもする。
趙治勲さんほどダイナミックな功績は何もないけれど、
少しわかるような気がした。
囲碁の世界に酔狂に殉じる、
いまどきめずらしい化石のような人物。
忘れていた夢を思い出すように、
毎日たのしみに読んでいる。