1.鎌倉移住まで~家とは
■家=概念
世界には様々な形態の家があります。日本式家屋、長屋、お城、竪穴式住居などなど。世界に目を向ければモンゴルのゲル、ツリーハウス、洞窟などなど。家というものは歴史文化によって変容するものであり、共通することと言ったら雨風をしのげる程度ではないでしょうか。
高校生くらいの時にこのことに気づいた私は、概念である以上、自分が家と思う範囲に沿って家と生活圏が変わると考え、ひとまず最寄りのコンビニまでは家と定義することにしました。
すると目に見えてフットワークが軽くなりました。当時京都郊外に親兄弟と住んでいたのでコンビニまでは徒歩20分程度掛かった道のりもさほど苦ではなくなり、もっと近くにある見晴らしのよい公園に何気なく立ち寄るよう
になりました。
■住む場所に拘らない
新卒入社した会社は日本全国に支社があったので、なるべく田舎に行かせて欲しいと配属面談で伝えました。池上彰さんの書籍に田舎ほどHRが不足しており一人あたりの仕事幅が広く若い時期の成長環境があるとの記載に納得感を得て要望したものですが、残念ながら(幸運にも?)本社配属となり首都圏での勤務となりました。
一人暮らしで、平日は仕事にコミット、土日は遊びにコミットする生活を送り「日曜日も終電で帰宅する」が私のモットーでした。
これもある書物にインスピレーションを覚えてのことですが、私は自身の終わりを60歳と決めています。一度60歳で死に、そのあとのことはその時考える。だから逆に言えば60歳までは健康で活力ある状態を維持しなければならないというタスクも自分自身に与えました。
この生き方の枠組みしか持たないようにした私は住む場所への拘りはありませんでした。
そんな中、趣味である一人旅をしていた際に、コロナ前の活気づく鎌倉をはじめて訪れました。観光地は人だかり、とはいえ綺麗にまとめられた景観や街全体、山と海の調和がとれた自然環境、整備された海岸線、自然に近い環境で暮らす地域住民の活気などなど、どこを見ても素敵に感じ「ここに住みたい」と初めて感じました。おそらく本能的に。