33歳になったのにいまだに自分が何者なのかわからない件
自己紹介・概要
1歳半の子供を育てるワーママです。
今時短で働いていますが、会社の事業の方向性の変更で、自分の進退をしなくてはいけない状況になってしまいました。
頭がぐるぐるして心がもやもやするので、言語化していきたいと思います。
自己分析
こういうキャリアに関する時、相談した人全員に聞かれる。
自己分析を重ねていくといつもこの問いかけに出会う。
心配した友人はこんなことを聞いてくれる
全部何も出てこない
…これは致命的過ぎて自分でも笑ってしまう。
これは状況と自分の特性とどちらも関係しているように思う。
◆状況
・子供を育てていて生活を回すのでいっぱいいっぱい
・子育てと働くことの両立が難しい
・~せねばならないがあふれているなかで、自分の欲求が福江不明になっている
◆自分の特性
小さいころから一つの事を突き詰めて、仕事を楽しみながらやっている大人に憧れていたが、自分は程遠いようだ。
振り返ると私は兄の真似ばかりしていて、兄がやっていたことは何でもやったし、それなりにできてしまっていた。
学級委員も児童会も、ピアノもそろばんも、工作教室もスイミングも。
バスケも、中学受験も、全部兄がやっていたから。
あくまで「それなり」だから、すごいうまいわけでもないけど、やめたりはしなかった。
どれも卒業などの区切りがくるまで続けていた。
兄がやっていた=おもしろそうだった のか?
親に褒められたかった のか?
別に辞めても良かったのにずっと続けていたのはなぜなのか。
始めたら最後まで続けるものだという教育の呪いなのか
一旦まとめ
自分の持つキーワード
学ぶ、上達、習慣、仲間、それなりにできる、飲み会(しゃべる、人を知る、新しいことを知る
それなりにできることの選択や、人の繋がりでつながったご縁などで、偶発的キャリア開発を積極的にやっていくのが良いかもしれない。
働き方で言うと、人と接することと、フレキシブルな働き方がどうしても紐づかないのが悩ましい
33歳にもなって、まだどこかで誰かに変えてもらえる、どうにかしてもらえると思っている節がある気がして恥ずかしいなぁ
自分で変わるしかないし、自分の思考は自分が一番制限していることを再認識していくしかない
なにもしたくないという欲求はうつ病の始まりだろうか。
みんな育児と仕事の両立ができているのに、自分だけできていないダメ親なような気がしてしまう。
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