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【AISO制作インタビュー】日常に溶けるBGM「YACHIMATA」(ゲスト:宮内優里さん)
音×テクノロジー。AISOはこれまでにない音楽構築システムです。
BGMが半永久的に構築され、スイッチを切るまで音楽が鳴り続けます。
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これまでのAISO「アーティスト版」第1弾から第3弾では、計7名のアーティストに楽曲を制作いただきました。
そして、最新作の第4弾でお迎えするアーティストは、宮内 優里さんです。
宮内 優里 / MIYAUCHI YURI
2006年にRallye LabelよりCDデビュー。生楽器の演奏とプログラミングを織り交ぜた、有機的な電子音楽を得意とする。作曲家としての活動も多く、映画「岬のマヨイガ」、「リトル・フォレスト」などの映画音楽をはじめ、NHK・EテレなどのTV番組、CM、舞台など、様々な場所で音楽制作を行う。KENJI KIHARAとの音楽プロジェクト「BGM LAB.」などでも活動中。
今回はAISOチームの2人で宮内さんの作業場にお邪魔し、楽曲制作で苦労した話や興味深い話、BGMについてなどなど...色々と掘り下げてお話をしました。このnoteでは、その際の様子をお届けします!
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【左から】津留 正和(AISO) / 宮内 優里さん / 日山 豪(AISO)
AISO、作ってみてどうでした?
日山:まずAISOの感想を聞きたいです。作ってみてどうでしたか?
宮内 優里さん(以下、宮内さん):最初はせっかくシステムが入ってくるのであれば「自分ひとりでは作れないもの」にしたいと思っていました。一方で、BGMとして使いやすいものにもしたくて、ゼロから作るつもりで色々な方向性で考え始めました。
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宮内さん:ただ、シームレスとイレギュラーのバランスがすごく難しくて。AISOの性質上、狙ったイレギュラーはできないから「そんなはずじゃなかった」が結構ありました。かといってシームレスに寄せるといつもと変わらないので楽しくなくて...。逆にイレギュラーを狙うと嘘をついているような「あえて」をしなければいけなくなるので、それもあんまり面白くなくて。
それで、津留さんがよく言ってくれていた「YACHIMATA」のデータをベースにして作ることにしました。
津留:僕はファンだったこともあって、贅沢だなと思いましたね(笑)。YACHIMATAで作ってきたものをAISOにいれてくれることが嬉しかったです。
宮内さん:YACHIMATAを中途半端な形で終わらせていたこともあって、1番良い形で終わらせてあげたい気持ちもでてきたんです。
そこで試しにYACHIMATAの曲同士を何曲か混ぜてみました。リズムものは難しかったけど、リズムレスで静かなものは意外と良くて。例えば、2018年のピアノに2020年のギターが入ってきても案外大丈夫、というような。もちろん、ある程度の調整はするんですけど。
それぞれの曲は全然違う曲として作ったものなので、当たり前ですけど混ぜるとどうしてもイレギュラーになるんですよ。でも、それが邪悪なイレギュラーじゃなくて自然と起きたイレギュラーだから、すごくちょうどよかった。
宮内さん:あと、YACHIMATAは途中から環境音の収録マイクが良くなるんですよね(笑)。マイクを変える前後では環境音のクオリティーが違ったので、AISOでは新しい方からさかのぼった38曲で構成しています。
散歩から生まれたYACHIMATA
津留:YACHIMATAは、どういう初期衝動で作られているんですか?
宮内さん:ざっくり言うと“音楽の日記”のような企画です。僕は千葉県の八街(やちまた)市というところに住んでいるんですが、すぐ近くにいい感じの田んぼがあって、散歩したり自転車で行ったりしていて。気が向いた時は、スマホとスマホに付けるマイク、カメラだけを持って、環境音と写真を撮って帰ってきます。そのあと、家で録ってきた環境音をループで聴きながら音を足して音楽を作り残していく、というシリーズですね。
ルールは何もないけど、時間をかけるとこだわりが強くなってすぐ出せなくなっちゃうので...。まず、写真をInstagramにアップして「これから作ります」宣言をする。その後1〜2時間を目標にSoundCloudにアップするというのを6年くらい続けていました。
津留:6年は凄いですね。
宮内さん:でも僕にとっては、そんなにエネルギーが要ることじゃなくて。
津留:ライフワークみたいな?
宮内さん:「ひまだから何かやろう」と思ってはじめたのがYACHIMATAです。仕事や自分の作品となると、肩にすごく力が入るじゃないですか。 そういうのじゃなくやりたくて。
津留: オーダーがあるプロジェクトではないですしね。
宮内さん:そう、誰からも頼まれていない(笑)。最初は本当に少しの人しか聴いてなかったし、趣味のつもりでやっていました。
日山:次々に出していくのが好きなんですか?YACHIMATAのように計画なくやるのが好きなのかなと。
宮内さん:好きですね。あと、計画する才能が全くないですね(笑)。単純に自分の好き嫌いとして、計画通りにできたものにあんまり興味がないです。 計画から逸れた先で起こるミラクルみたいなのが好きなんです。
日山:AISOを作るときも「この方向だったら、こうなりそう」って見えちゃうと面白くなくなるんですよね。
これまで緻密に計算されているAISOを見てきたので、対極の宮内さんが出てきて、見ていても聞いていても楽しいです。
おばあちゃんにも届くBGMを目指して
日山:宮内さんが“なぜBGMに着目されているのか”も聞きたいです。
以前、僕はBGMという言葉にあまり良い印象がなかったんですよね。例えば一般的な飲食店の店内でずっと流れているJ-Popのランキング...そのイメージでBGMを捉えていました。
でも、宮内さんは自分の作品をBGMと言い切って、リリースを続けている。宮内さんには違う何かが見えているのかもしれないと思っていて。
宮内さん:BGMと言っているのは、自分の音楽を人に説明するときに便利だからですね。それに、BGMは別に音楽のジャンルではないんですよね。「何の音楽かよくわからない」という点が「自分でも自分の音楽がよくわからない」という自分自身にもつながって、人に伝えるときに1番嘘がない言葉なんです。でも気持ちは伝わると言うか。
僕は生ギターも弾くので純粋な電子音楽ではないし、 かといってアコースティックではもちろんない。アンビエントは近いですけど、いわゆるアンビエントともちょっと違うなって思っているので。
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宮内さん:あと、BGMっていう言葉を知らない人はあまりいないけど、エレクトロニカやアンビエントだと難しい顔をされたりする。それはそれでいいんですけど、自分の音楽に対して難しく入って欲しくないなって。できたら隣に住んでいるおばあちゃんにも聴いて欲しいなって思っています。
日山:宮内さんの中では明確なBGM像がしっかりあるんですね。なりたい姿があるというか...そういうBGMじゃないものもたくさんあるので。
宮内さん:そうですね、僕が言っているのは一般的な言葉のBGMじゃないかもしれないです。ただ心地よく、便利なもの。公共の場で流れていても誰もその音楽を気にしていないけど、気がつけば気持ちよく感じるし、止まると違和感を感じる。それが今の僕が考えているBGMですかね。芸術表現のようなものとも思ってないです。
日山:僕はBGMの意味を見直せるんじゃないか、ちゃんと考えてやったほうがよさそうだなって思っています。以前にそのツイートをしたら、ナカコーさんからも「精度が高すぎると“作品”って感じもする」という返信がきて、それも納得感がありました。宮内さんも近しいことを言っていると思うので、 同じ感覚の人たちがAISOに集まっているのは面白いですね。
確定申告が楽になる音楽を考える
津留:宮内さんは音楽がどう伝わるかの部分に対して、とても鋭いのかなって思います。聴く側や自分が使って気持ちのいいBGMを肌感覚で理解しているから、僕が聴いても気持ちよく感じられる。そんな宮内さんのBGMが生まれたきっかけを探ってみたいです。
宮内さん:明確なきっかけは、YACHIMATAと同じ2016年のあたまくらいに「確定申告が楽になる音楽」について考えたことです。僕は確定申告の作業が苦手なので、作業が楽になる音楽はないものかと探したことがあるんですが、結局作った方が早いなと思って自分で作りました。
日山:音楽家あるあるだ(笑)。
宮内さん: brook(小川)って言うタイトルで、横でちょろちょろ流れているイメージの曲。僕には、この曲のテンポでExcelを打っていくとちょうどいいんです。
今まで嫌だった30分が、体感で半分くらいに感じて時空が歪んだんですよね。つらかった時間を音楽が進めてくれた感覚になりました。
人の生活を豊かにするとまでは言わなくても、初めて音楽で人の役に立てるかもしれないと思って。使いやすい便利な音楽として、もっと広く使ってもらえるかもしれない。この辺りからBGMという言葉がイメージにありました。
日山: 感性に訴えたり、感動したりとは別で作業が早くなる...すごくデザイン的なことを言われてますね。
BGMの起源をさかのぼると、大量生産が始まった時代に工場の作業効率を上げて生産量を上げるためのものだったそうです。実際にその効果もあったらしくて。 もちろん時代背景もあるとは思いますが、宮内さんの音楽や考えにも結びつくし、パフォーマンス的な音楽アプローチとは違うことも腑に落ちますね。
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宮内さん:すごく歴史があることを僕はやっていただけなんですね(笑)。
でも、お店でよくある購買意欲をかき立てるためだけの無理矢理なBGMは、僕には逆にストレスだったりします。つらい作業のために盛り上がる曲を聴いてテンションを上げるのも同じで...終った後にすごく疲れるんですよ。
無理矢理ギアを上げるのではなく、むしろ緩めていって...「嫌な作業が気づいたら進んでいた!」という方が僕は幸せだと感じていて。だから、僕の音楽では作業効率は上がっていないかも(笑)。自分の体感的に楽になる方を目指しているのかもしれないです。
日山:何を持って作業効率とするかですね。
僕もお店の音楽を作ることがありますが、昔は回転率が重視されていたけど、今はいかにお客様にゆっくり品物を見てもらえるかが重要になっています。時代は変わっていくけれど、そこに“共通点として音楽がある”というのは面白いです。
はじまりはいつも、“違う音”がいい
日山:AISOは「終わらない音楽」ですが、宮内さんはこの「終わらない」ことをどのように感じましたか?
BGMと終わらないという関係に何かあるかなあって。
宮内さん:BGMの理想型としては、終わらないっていうのはすごくいいです。AISOのようなジェネレーター的なものは、BGMとしては理想だと思っています。あと、僕のAISOはどの瞬間を切り取っても印象が変わらないようにしたかったんですよね。
日山:あえてしたかった?
宮内さん:安心感を出したかったというか。常に似たような音楽が流れてほしいと思っていました。でも、同時に音楽に飽きさせたくはなくて。でもそれは1曲という単位でやろうとすると難しい。頭は絶対同じ音が出ちゃうし。“いつも違う音で始まるもの”であったらいいなと。AISOではそれが出来ました。
日山:いいね、面白い。
宮内さん:僕のAISOを買ってくれる人や自分が買う側の気持ちに立ったときに、“10年後にも再生したくなるもの”にしたかった。
本当に聴きたい音楽があるときにはその音楽を聴いてほしいと思っています。でも、「今日は何も聴きたくないけど、静かだと少し緊張する」というときに、僕のAISOがスーパーサブになってくれたら嬉しいなって思って。
日山:僕らの考えている理念は「音楽の作り方・聴き方・在り方を変える」というのものなんですが、これは「在り方」の話になりますね。
「聴き方」と「在り方」が変われば、「作り方」も変わっていくはずなので。 そのなかの「在り方」が実現できるようになったと言ってもらえた気がしてすごく嬉しいです。
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日山:AISOの音楽の「在り方を変える」なかには、「ミュージシャンの表現の選択肢を増やしたい」という思いもあったんです。従来のCDをリリースする方法は、どうしてもCDという単位に収めなければならない。それがAISOによって、「新しいことができるようになった」と言ってもらえるのは成功だなと思います。
これまで参加したミュージシャンの方から、作品だったはずのAISOを“楽器”としてライブで使いたいっていう話ももらったりして。AISOがだんだんと何者かわからなくなって、ただの選択肢のマシンとなっていることが本当に嬉しいです。
宮内さん:AISOに演奏を合わせるのって面白いですね。ミュージシャンやプレイヤー心をくすぐりそうです。
AISOへの挑戦で鍛えられる「何か」
日山:ミュージシャンの方々に作ってもらっているAISOは、1人1人で挑戦が行われていて、僕らも使い方や印象の違いを勉強させてもらっています。
津留:AISOがコンセプトにしている「聞き流す」という言葉は、BGMで使われるイメージで最初から僕たちのなかにありました。ミュージシャンの方に作っていただくときにも、コンセプトを説明していたんですが...出来上がってくる曲がそのアプローチじゃない時があって。
でも、それが全然残念じゃなかったんです。というのも、AISOを作ったことで開眼した人たちが結構いて、どうやら良い影響が与えられたらしく...僕たちにはとても嬉しいことでした。
なので、 今はミュージシャンの方に対して「聞き流す」という言葉は基本的には使わないようにしています。
宮内さん:僕もAISOを納品した後に、別のBGMの仕事をしたら...自分の中でレベルアップを感じました。
津留:ちょっと開きました(笑)?
宮内さん:普段は「どこまで音を入れられるか」という作り方をするんですけど、AISOの時は「どこまで音を抜けるか」っていう発想でやらなければいけなくて。それがすごくスキルアップになって、その後のBGMの仕事が楽に思えました。
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宮内さん:これまでもBGMはどこが完成かわからないながらやってきたけど、AISOはさらにわからないままリリースしなければいけないシステムだったので...。これ以上やると変な歪みができそうなラインで、諦めや妥協ではなく「じゃあもうこれしかない」「これでいいか」って思えたんです。それを1度経験したことで、他のBGMを作るときにも「これでいいか」って思えるようになって、決断力が上がったみたいな(笑)。
日山:僕もAISOで色々作ってますけど、諦めてますよ(笑)。
だから、「これ以上やりすぎるとおかしくなっちゃう」っていう感覚もすごくわかります。
宮内さん: 音楽の作り方自体が違うことってなかなかないので、何か違った筋力がついた気がします。
音が減ったり流れていない時間があっても大丈夫、と前よりも思えようになりましたね。今まで自信がなかったピアノも、もう少し自信を持っていいかもって思えたりもしました。
業界の境界をも飛び越えたい
日山: 僕の理想は、いつかミュージシャン以外で表現をされている方にもAISOを渡してみることです。どうなるのかなって。
津留:今までミュージシャンの方々の音源を「ミュージシャン版」ではなく、「アーティスト版」という名前で発売しているのも、他のジャンルのクリエイターの方とのコラボレーションの可能性を踏まえているんですよね。詩人や映像クリエイターと組むとか...。
宮内さん:映像と同期したら、面白いですね。
日山:僕は写真にも期待してるんです。早いコマで写真をランダムに繰り出すとか...映像に見えたりするのかなぁって。宮内さんと写真家さん、2人でやってもいいし。
宮内さん: 照明とかもいいんじゃないですか?やりたい!
日山:こんな風にミュージシャンが、録音媒体の販売やライブ以外で関われる人たちを増やすことが僕の目的の1つでもあるので、どんどんやっていきたいですね。
AISOをだして世間的にニーズがあることはわかったので、今後のプランもまだ沢山考えています。音源も買取で終わらずに、持続的に利益を共有しあえるような仕組みができないかと。
津留:作ったものが継続的に価値を持って世の中に使われて、継続的に還元される仕組みにしないといけないので難しくはありますが...考えていきたいですね。
日山: 僕はAISOのほかに器も作っているんですけど、物とミュージシャンがコラボできたら良いのではと思っています。スタジオや演奏じゃなくて、アイデアや表現の話ができる。全然コストもかからないし、売れたら売れただけ利益になります。
モノヲト
佐賀県吉田焼 磁器メーカー「224porcelain」と商品開をした「音」をコンセプトとした磁器ブランド。カップを手するとき、口に運ぶとき、テーブルに置くとき、カップが傾いたり揺れたりすると美しい音を奏でるプロダクトです。
宮内さん:それはわかりやすくていいですね。AISOの収益的なお話を聞いたときも、わかりやすかったです。
日山:僕は音楽があまりにも社会と離れて無価値になりかけているのが嫌で、社会と音楽をつなげるために活動している一面があります。
社会と音楽の接点を沢山見つけて、音楽やBGMに理解がない人たちにもわかるように噛み砕き、言語化していくのが自分の役割だと思っています。
それに、今ってミュージシャンになりたい若者が減っているみたいなんですよね。お金が稼げないし夢がないって...。
宮内さん:でもそれって、僕たちが楽しそうにしていないからかもしれないですね。
日山:今後は、僕たちの仕事の楽しさも露出していきたいですね。結構、楽しくやっているよって(笑)。
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【こぼれ話】 「ちょうどいいおじさん」
AISOチームがお邪魔した宮内さんの作業場は、築60年以上の古民家をリフォームされた素敵な場所でした。緑に囲まれた懐かしい雰囲気のなかで盛り上がったお話を最後にひとつ、お届けします。
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宮内さん:僕は最近「あの人がなれるなら、俺にもなれる」と思われるようなおじさんになりたいと思っています。僕がBGMと言っていることにもつながりますが、ハードルを上げたくないんですよね。
津留:宮内さんのやられている相談室にも通じますね。
日山:そんなのあるんだ?!
宮内さん:こっそりとやっています。「ちょうどいいおじさん」っていう相談noteで(笑)。音楽の話題を中心に匿名の相談や質問を受けて、僕が回答するnoteです。僕自身も回答しながら本当の自分をさらけ出せるので、楽になっている側面もあるんですが。
そんな活動を通じて若い人が「あのおじさん、何でも聞いてくれるぞ」ってなってほしい。
この場所も学生がふらっと立ち寄ってくれる場所になったら嬉しいです。でも、いきなりそんなことを言っても誰も来てくれないから、油断させる布石としてこのnoteをやっています(笑)。
●Just a Good OJISAN!(ちょうどいいおじさん)
●宮内さんのAISOが気になった方は、こちらからご視聴いただけます。
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※記事内の写真は、撮影時のみマスクを外して撮影を実施しています。
Text,Edit: Mihoko Saka