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だから今、思い出の光にしがみつく


人間としてこの世に生きて30年も半ばになると、色んな事を人生で経験してきたなあとふと振り返る瞬間が多くなる。20年来の友人に会った時に決まって話すのは健康の話で、「人間ドックは年1で行ったほうがいいよ」と話しては「うちらも良い年齢だね」と笑う。顔を見合わせて笑う表情はあの頃のままなのに、いつの間にかもうこんなに生きてきてしまったんだなあ、とまた東京で息をする。

「また今度推しのライブで大阪行くんだ」

注文するのはあの頃のようなソフトクリームの乗ったメロンソーダなのに、なんだか映えに染められたそれは令和の味がする。

「いいじゃん、大阪」
「食べ物楽しむ時間はなさそうだけどね」
「いいね」
「ん?」
「すあまちゃんがそこまでハマってるって珍しいよね」
「あー、確かに、そうかも」
「何が良いの?歌?顔?男のアイドルに興味あるの、新鮮!でもさ、いいよ、推し活って楽しいんだろうなって見てて思うよ」
「ありがと」
「私には同じようにしか見えないけど、好きな人からみたら全然違うんだろうね」
「そうね、やっぱね、それぞれだよ」

溶けたバニラアイスが情けないメロンソーダをひとくち飲んで、でさ、と他の話題に移りながら、何が良いんだろう、とくるくると別の部分のわたしが働き出す。歌もいい、顔もいい、でも、きっとそれだけだったら続いていない。

大阪で野外の青空の下で歌う彼等に会ったあの日、自分と彼等が生きる世界はずっとおんなじ空の下にあったんだな、と、自分の血が細胞が一気に動いて爪の先まで、彼等が愛するステージで音楽を一心に愛して、そしてどこの誰も置いていかないで手をステージに向けるファンを愛してくれているんだ、と実感した。

これまでそう感じていなかったわけではないけれど、あの日確かに、「大丈夫 笑ってよ ここにいるよ」という言葉が音の波に乗って心臓を波打って広がり、ここにいるんだ、ここにいてくれたんだな、彼等INIはいつでも、とハッとさせられて、そうして少しグッと揺れ動いた水面が溢れて、視界が自然の光とステージライトと彼らの眩さで滲んで、全部があわさったきらきらは多分誰も見つけたことのない星の煌めきで、人って光り続けるんだと、光り続けてほしいと願った、そのために、うんと静かな暗闇が必要なのであれば、どうしようもなく自分も寄り添ってなんとかしてあげたいとも思った。オタクがなんかできることなんてないけれど、オタクだからなんかできることもある。声を出して拍手を贈る、贈り続ける、木々のざわめきと風に紛れても届くこの音は、自分だけじゃちっぽけでも、確かに鳴らせば共鳴していくんだよ。

青空からオレンジがまじり紫がまじり深く黒に染まっていく空の中に、遠くに見える彼等はずっと変わらず声を出し続け、顔を輝かせ、ただ懸命に音楽とその今しかないと言うような生き場を懸命に踏みしめて、そのいくつもの感情をつくる肉体を震わせ名前を呼んでくれていた。

「MINIー!」

ただのオタクがそんな"ファンネーム"なんておこがましいし、気恥ずかしいと突っぱねていた時期もあった。だけど今は、そうして本気で愛を届けて僕たちを選んでくれてありがとうなんて、違うんだよ、君たちじゃなきゃ、INIじゃなきゃ駄目だったんだよ。わたしをこんな風にいつまでも離さないのは、君たちの最大のずるさで最強の愛だ。

ペンライトの海が光る、ストレスの海かも知れないけれど、それはどんな光よりも今1番愛だけしかないんじゃないかと思えた。少し手を空に伸ばして輝く人工の光は、空の暗闇に映えて、彼等の今後を照らす道のひとつになれたのなら嬉しいと思う。

生きるか、

彼等の笑顔が見られる世界がまだあるなら、ちょっとは長生きを目指すのも、健康に気を遣って衰える肉体を鍛えるのも悪くない。

「ライブどうだった?」

友人からLINEが入ってることに気づく、

「良かったよ」

そう返事する前に、もう少しあの景色を忘れたくなくて目を瞑る。

ああ、ひきずってさ、地に足を踏み直そう。


だから今、思い出の光にしがみつく


2024.11.10 SUAMA


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