96.カレーの油は乳化させるべきか分離させるべきか? 問題
油がうまいのは誰もが知っている。カレーだってラーメンだって、その皿や器の中にいる油脂分が味をブーストしているから、僕たちは本能的に油を見つけ、油を感じると期待値が高まるのだろう。特にインド料理店のシェフがおいしいカレーの作り方を誰かに伝授するときは、「油をたっぷり使いましょう」とか「油の量をけちらない」という表現が頻出する。その通りだと思う。僕も料理教室ではこう言っている。
「油と塩は、ある一定量までは増やせば増やすだけおいしいという人は増えると思います」
多くの人に通用する手法だとは言うけれど、当てはまらない人もいると付け加える。それと、「だったら油を増やしておくか」と実行するかどうかは、その人のカレー作りのスタンス次第だ、とも。
インド料理の世界では、煮込みの完了の目安として、「オイルがセパレートしたらオッケーよ」と言われることが多い。僕もかつてはそう説明していたころがあったけれど、オイルがセパレートした状態は、料理として果たして完成度の高い状態と言えるのだろうか? と疑問が出てきた。
ミャンマーで油煮料理を食べたときの考察は、この問題シリーズ「69番」で書いたが、油と水を結び付けていく、すなわち乳化させることが料理としての完成度を高める行為だという意識が強い。だから、「特に肉のカレーの場合、弱火で優しく煮込むこと」と伝えるようにしている。乳化を目指したいと思っているからだ。
カレーの油を仕上がりにどう残すかについては、そんな風に考えている。
先日、松江でのイベントに出演した。参加者に提供する300食のチキンカレーは、新刊「わたしだけのおいしいカレーを作るために」の進化版、松江版。カレーソースの油は適度に乳化させ、とろりとした状態を目指した。一方、このイベントのスタッフが100名ほど集まる打ち上げ会場用に別のカレーを作った。そちらは、僕の好みを優先させることにした。同じくチキンカレーだけれど、スパイスの配合をちょっとマニアックにし、玉ねぎの量を減らし、水の量を増やした。シャバシャバッとしてさっぱりスパイシーなチキンカレーになった。こちらも優しい火で煮込んだけれども、最後にスパイスオイルを追加して意図的に油を表面に浮かせた状態に仕上げた。
乳化させて全体にまるみの出た優等生的なカレーと油を分離させてとげとげしい不良生徒のようなカレー。両方を食べた人の反応を聞くことはできなかったが、少なくとも僕は後者のカレーのほうが好きな味だ。食べながらふと疑問が沸いた。油のおいしさを僕たちはどのタイミングで感じるのだろうか? と。この2種類のカレー、1人前当たりの油の量は同じである。でも、パンチ力ある油のおいしさは、後者のほうが強い。
乳化させたカレーは油をそれほど感じないまま喉元を過ぎる。分離させたカレーは口の中で油を感じてから胃に落ちる。乳化をさせるとテクスチャーがなめらかになり、深みのある味わいが生まれるけれど、存在感は薄いのかもしれない。優等生であることに変わりはないけれど、教室のすみで静かにしているタイプ。分離させたカレーは出来はよくないが、クラスでの存在感は抜群だ。こっちのほうが口の中で油があばれ、わかりやすくおいしさを生んでいるのかもしれない。
東京に戻り、昨夜、カレーの学校の有志で実施している研究会のカレーを食べた。同じ材料を使って2種類のチキンカレーを作る。左は油が分離し、右は乳化が進んでいた。4人で食べたら、僕ともう一人の女性は左をうまいと判断し、残りの男性二人は右をうまいと判断した。研究会の目的は脱水に関するものだったのだけれど、僕は松江での経験がひきずっていたせいか、油の乳化と分離のことばかりに頭がいってしまった。
乳化が油を水と融合させて“隠す”行為だとしたら、油そのもののおいしさを加えるのではなく、油を道具として別のおいしさを生むのが目的となる。分離は油が顕在化するわけだから、(スパイスなどのフレーバーが加わった状態の)油そのもののおいしさを堪能することができる。
乳化がいいのか、分離がいいのかはどのおいしさを楽しみたいかによって変えたほうがいいということだろう。今後、イベントに出るときには、「今日は優等生カレーでいくか」とか「今日は不良カレーで攻めるか」などとコンセプトを固めてから作り始める必要がありそうだ。僕が松江のイベントの打ち上げで作ったカレーは、半分の油を使って乳化を促進させ、残りの油を分離させたものだったことになる。一見、不良に見えるけれど、食べてみると優等生なところもあるじゃん、みたいなカレーというところだろうか。
そういえば、学生時代にいたよな破天荒なことばかりしてるのに勉強できるやつとか、目つき悪くて超怖いのにしゃべると意外といいやつとか……。
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