メティ

108.メティシードはどこまで焦がしたらいいのか? 問題

長年抱えていた疑問に答えが出そうだ。
メティシード(フェヌグリークシード)というスパイスがある。マメ科の植物の種で、加熱をすると甘い香りがするスパイスだ。問題は、同時に苦い味もすること。甘い香りは欲しい、でも苦い味は勘弁。たいていは油で炒めるのだけれど、いったいどのくらいまで炒めたら、どのくらいまで加熱したら、どのくらいまで焦がしたらいいのかがわからなかった。これがなかなかの難問で、インド料理店のシェフが集まる研究会でも、さまざまな意見が飛び交う。インド人シェフの実践例もバラバラで、この問題がずっと解決しないままだった。

先月、ネパールのカトマンズで家庭料理を習った。アチャールを何種類も作る。たいていの場合、メティシードを油で炒めるのだが、これが初めて見る方法だった。マスタード油を煙が上がるまで熱し、そこにメティシードを加えると真黒くなるまで炒めるのだ。いや、真っ黒になってもなお、次に進まず、じっと鍋中を静観している。こっちがハラハラするほどだった。理由を聞くと、「メティは中途半端に加熱すると苦味が残るから」とのことだった。2軒の家庭と1軒のレストランでどこも同じように加熱をしている。なるほど! と思うと同時に本当に!? とも思った。

昨日、カレー好きのミュージシャンが勢ぞろいする「Spice for Lovers」というイベントがあり、そこでカレーを提供するために仕込みをしていたとき、ふと、あれを試してみようと思った。メティシードを真っ黒に焦がして味見をしてみようと思ったのだ。仕込みは、僕がカレー界で最も味覚のセンスを信用している男、東京カリ~番長のリーダーも一緒だったからちょうどいい。
鍋に油を加えて煙が出る直前まで加熱する。温度計の数値が230℃を示したところで大さじ1のメティシードを入れた。2~3秒でメティは真っ黒こげ(ゴリラ色)になり、慌てて火を止める。一部を救い出してバットにあげた。そのまま少し時間をおいて冷ましていく。温度が、150℃になった段階でさらに大さじ1のメティを加える。火は止まっているのにまだ威勢よくシュワシュワと泡が立っている。すぐに深い焦げ茶色(ヒグマ色)になった。また取り出してバットにあげる。
油でコーティングされていると味がマスキングされてわかりにくい可能性があるため、キッチンペーパーで入念に油をふき取り、いくつかのメティ―シードをふたりで食べてみる。

1種目 非加熱(キツネ色)……意外と青臭い。
2種目 150℃・2~3秒(ヒグマ色)……強烈に苦い。
3種目 230℃・2~3秒(ゴリラ色)……苦味が消えている。

ヒグマ色のメティは強烈に苦く、ゴリラ色にしたものは、その苦味が消えている。ちなみに乾燥させ加熱する前のメティは、生のもやしのような青臭い香りがした。ということは、メティは黒く焦がしたほうが苦味が消えるということになる。やはり、ネパールの家庭のお母さんが言った通りだったのだ。

ただこれで結論が出たとは言い切れない。いくつかのことが検証しきれていないからだ。甘い香りは、それぞれどの程度抽出されるのか。ヒグマもゴリラも非加熱のときよりははるかにいい香りはしたが、両者を比較することはできなかった。バットにあげたメティを色別に小さな容器にわけ、熱湯を注いで2時間ほど放置した。抽出液の味わいに差があるのかをチェックするためだ。

1種目 非加熱(キツネ色)……あまり味はしない。
2種目 150℃・2~3秒(ヒグマ色)……割といい風味がする。
3種目 230℃・2~3秒(ゴリラ色)……炭化による焦げ臭が混じる。

ここでまた頭を抱えてしまった。抽出液は、ゴリラよりもヒグマのほうがおいしかったからだ。メティの風味が鍋中にいきわたり、それがカレーの風味に貢献することを考えれば、ゴリラよりもヒグマのほうがいいのかもしれない。でも、運悪く(?)、その何粒かのメティを口の中で噛んでしまった場合は、苦みがないという点ではヒグマよりもゴリラのほうがよさそうだ。
まだメティの加熱について検証できていないことがある。油の温度が低いうちから徐々に温度を上げていってヒグマ色にしたものとゴリラ色にしたもので差が出るかどうか。スパイスのエッセンシャルオイルが揮発する温度はたいていの場合、60℃~70℃というかなり低い温度のはずである。150℃だとか230℃だとか、そもそもそんな高い温度で加熱して香りが台無しになってしまわないのか、メティの実験は第2弾をやらなければならないと思っている。
それにしても、白いバットにちりばめられた様々な色のメティシードはほどよくグラデーションを作っていて、宝石よりも美しいと惚れ惚れした。

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