ネパール

111.インドカレーとネパールカレーは何が違うのか? 問題

インドカレーをベースにスパイスでカレーを作るときの“ゴールデンルール”を提案している僕が、ネパールカレーについて面白い体験をした。今年の2月に生まれて初めてネパールに行き、いくつかのカレーを食べた。あのときの味わいがまだ記憶に新しいうちに日本でネパールカレーを作った時のことだ。
ネパール・カトマンズで全面的に現地の食文化を案内してくれた大阪「ダルバート食堂」のオーナーシェフ、遼君からチキンカレーのレシピをもらった(このレシピは、僕が現在行っている“オープンソースカレー”プロジェクトの一環なのだけれど、このことはまた改めて書きたい)。とにかく、レシピ通りに再現してみようと思って、作り方の手順を見て驚いた。ゴールデンルールの手順と全く違う作り方だったからだ。

材料は、きわめてシンプル。以下のものを使う(五十音順)。
 ↓
油、塩、しょうが、玉ねぎ、トマト、鶏肉、にんにく、パウダースパイス、水

ゴールデンルールが頭に入っている人、もしくは、インドカレーを作り慣れている人なら上記の材料をランダムに表示しても、即座に鍋に投入する順に並べ替えることができるだろう。こんな感じになる。

1. ベースの風味……油、にんにく、しょうが、玉ねぎ
2. うま味……トマト
3. 中心の香り……パウダースパイス、塩
4. 水分……水
5. 具……鶏肉

「1番=はじめの香り」、「7番=仕上げの香り」が入ることも多いが、今回のレシピは、ホールスパイスもフレッシュスパイスも使わずパウダースパイスのみで作るレシピだから、1番と7番は割愛する。ともかく前半で脱水し、加水後に煮込めばおいしいチキンカレーができる。ところが、遼君のチキンカレーは、次の順だった。

1. ベースの風味A……油、玉ねぎ
2. 具……鶏肉 & 中心の香り……パウダースパイス
3. ベースの風味B……にんにく、しょうが(共にすりおろし)
4. うま味……トマト
5. 水分……水、塩

最もわかりやすい相違点は、「にんにくを加える場所」である。必然的にインドカレーとネパールカレーの味わいの違いは、「にんにくの香り方」に出る。インドカレーでは、あくまでもベースの風味として縁の下の力持ち的にその風味が暗躍する。ところが、ネパールカレーでは、にんにく(しかもすりおろし!)の青っぽい香りが主役級の活躍をしているのだ。半信半疑で手を動かし、ネパールカレーができあがった。食べてみると、カトマンズで食べたカレーの味だったのだ。
 
全く同じ材料でも手順や加熱の方法などを変えていけば無数のカレーができあがることは、その昔、自著「カレーの教科書」の中の“システムカレー学”で紹介している。でも、同じ材料の手順を変えるとインドカレーになり、ネパールカレーになるという、わかりやすい現象があることについては想像していなかった。大変なことを発見してしまった、と独りで盛り上がる。
レシピを教えてくれた遼君とは、料理教室を開催することになっていた。彼が作り、僕が解説する。会場に入るとたまたまミキサーがなく、フードプロセッサーだけだった。つまり、にんにくはすりおろせず、みじん切りになってしまう。「まあ、仕方がないからこれでやろうね」と料理教室はスタートした。すると、遼君は、生徒に渡していたレシピとは違う手順を披露した。

1. ベースの風味A……油、玉ねぎ
2. 具……鶏肉 & 中心の香り……パウダースパイス
3. うま味……トマト
4. ベースの風味B……にんにく、しょうが(共にみじん切り)
5. 水分……水、塩

トマトの前に加えるはずのにんにくをトマトの後に変更したのだ。「にんにくをすりおろせず、みじん切りで使うことになったので、仕上がりの香りを同じにするために、加えるタイミングを変えます」。遼君はそう説明した。「すりおろしとみじん切りで香りの出方が違うからですね」。僕もすかさず補足解説する。ゴールイメージを明確に持っているからこそ、不測の事態が起こった時に即座にリカバーをし、その理由を説明できる。僕が遼君というシェフを信用している理由のひとつがここにあるんだな、と改めて実感した。
ともかく、ネパールカレーを作るときには「にんにくがどこまで前面に立って主張するのか」とか、「どのくらいにんにくの香りを重視するのか」とかについて、繊細にならざるをえない。それがネパールカレーの大きな魅力のひとつだからだ。

それにしてもこの手順のアレンジは面白い。たとえば、「1.2.3.4.5」の手順で作ればインドカレーになる材料を「1.5.3.2.4」にアレンジすればネパールカレーになる。この仕組みが理解できれば、インドっぽいカレーでもネパールっぽいカレーでも作り分けができるようになる。もっと言えば、南インドっぽいカレーにしたいとき、スリランカっぽいカレーにしたいときもこのゴールデンルールのアレンジで解説できる。頭の中にイメージはできているけれどやめておくか。やりすぎると「あいつは何もわかってない」と色んな人から怒られそうだから、お遊びはここまでにしておこう。

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