165.ビリヤニに最適な調理方法はどれなのか? 問題
まるごと一冊ビリヤニ本というのを監修することになり、せっせと制作に励んでいる。
ビリヤニという料理に一時的にハマっていたのは、2014年のあたり。当時は、毎年のインド即興料理旅行(チャローインディア)でビリヤニをテーマにし、ハイデラバードへ行き、車で何時間も移動して田植えをしたり稲刈りをしたり楽しんだ。
その後、帰国してからはそれほどビリヤニに熱心になることはなく、国内でビリヤニを積極的に調理することも食べることもなくなった。ビリヤニという料理は、作り手の立場(といってもあくまでも僕の私見)から言えば、調理に面白みを感じにくいものだった。
無数のレシピや手法が存在するものの、自分の使う熱源と鍋の特質に合わせてレシピを固めてしまえば、割とストライクゾーンに球が行きやすい料理で、逆に言えば、実力や技術に左右される部分が少ないと思っていたからだ。僕の腕前でおいしくなるというよりも、調理環境を整えれば他の人がやってもおいしくなる、という印象。そうすると腕まくりする気持ちにブレーキがかかってしまう。ちょっと探求テーマとしては弱いなぁ、という感じがしていたから手をつけずにいた。が、「ビリヤニだけでまるごと一冊」という思い切った企画に心が動き、本気で取り組んでみようという気になった。
パッキと呼ばれるグレービーを作ってから炊くスタイルと、カッチと呼ばれるマリネの上に米をしいて炊くスタイルの2種類に絞って、300gのバスマティ米と150gのバスマティ米でいくつものレシピを検討する。試作の目的は、レシピのバラエティを広げることではなく、「加熱時間と加熱温度による水分コントロール」を精緻化することにしたので、スパイスのブレンドや食材選び、グレービーの調理法はひとまず置いて、少しずつ火加減や時間を調整しながら50種類ほどのビリヤニを作った。
出来上がったビリヤニは、僕なりにビリヤニのおいしさを示す3種類の指標(シミシミ度、フワフワ度、パラパラ度)で何人かで試食をしながら最適な方法を探る。年末に徹底的に実施して、とてもいい結果(数値)を得た。そこまではよかった。
書籍でレシピを公開するとき、そのレシピは汎用的だったり再現性が高かったりすることが求められる。そのためもあって50種試作してDATAを比較してきたのだが、これはあくまでも僕の調理環境での熱源と鍋(材質、直径、厚みなど)によるものだ。読者の環境はまるで違う。要するにあるレシピを提案したときに、それにそって読者が作るときにチューニングをしっかりできるようになっていなければならない。だから、書籍では、何をどうすれば自分の環境で最適な調理ができるのかの指南をできるようにしたいと思っている。
いつも思うことだけれど、レシピはある程度のレベルまでは重要だけれど、そこから先は重要ではなくなる。「なんとなくいい感じ」くらいならレシピに沿ってやればいいが、「個別に納得いくレベルにしたい」と思えばレシピを手放さなければならなくなる。レシピは目安でしかないのだから。
そのつもりでいるものの、ここにきていまだに頭を悩ませている。年明けに一人で年末の数値をもとにしたレシピで自作してみたところ、同じ状態に仕上げるのに、炊く時間が2分ほど長くかかった。おそらく、キッチンの室内温度が下がっているからだと思う。年末よりも明らかに寒くなったもんなぁ。
この調子だと、春夏秋冬どころか、数週間でレシピをチューニングしなければならない。もしくは、調理するときの理想的な室内の温度と湿度を設定しなければ(そんなレシピ本、誰が買うんだ?)。
すでに僕が協力をお願いしている何人かの猛者のビリヤニレシピ撮影は完了している。サザンスパイスの渡辺玲さんは、「米の浸水は20分程度、冬なら60分」と言っていた。ビリヤニハウスの大澤さんは、「キッチンの横の窓が開いているだけで炊け方が変わっちゃうんですよ」と言っていた。その通りなのである。
結局、最終的には経験値や感覚がモノを言うんだよな。カレーを作っていて、いつも感じていることと同じ結論にビリヤニでもたどり着いたのだ。昨年の書籍「スパイスカレードリル」では、「レシピ以上に大事なテクニックを身に着ける」をテーマにしたが、ビリヤニでもその手のエッセンスを入れ込まないと本として満足できる仕上がりにならない。どう表現して何を伝えられればいいのか、まだ悩まなければならない。
とにかく、見えない読者の環境を想像し、どんな環境にある人にとっても「自分なりのベストなビリヤニ」を調理できる手法の提案をしたいと思っている。それを突き詰めたうえで、さらにこうも言いたい。
「ビリヤニは、失敗します。いや、一度失敗してください。二度目に成功するために何をチューニングするべきかをお教えします」
そんなことレシピ本で書いたら、怒られるよな。もしくは買ってくれなくなるよな。
★ 絶対に一度は失敗するレシピ本。
ま、いずれにしても調理の本質はカレーでもビリヤニでも変わらない。ビリヤニも深くて面白い世界なんだと考えを改めている。
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