僕の瞳が【#最後のマスカラ #毎週ショートショートnote】
僕が初めて心を盗まれたのは、幼少期のころに出会った瞳の大きな女性だった。
親とはぐれた僕は、人混みの中を当てもなく彷徨っていると、ふと肩を叩かれた。
「君は、迷子かな?」
迷子という言葉をはっきりと理解していなかった僕は、曖昧に頷いた記憶がある。
「おいで」
柔らかい手で僕の手を引っ張り連れて行く。まるで川のせせらぎのように人混みを流れていくと、とても静かな場所に着いた。
そこは壁に向かって置かれた机と椅子、そして大きな鏡があった。不思議と、その鏡をのぞき込みたくなった僕は背の高い椅子によじ登る。
「ここはね、誰もが美しくなれる魔法の場所なの。ほら」
僕はされるがままだった。
気がつくと、鏡に映った僕の顔は全く知らない別人に変わっていた。
「これはマスカラ。瞳を大きく美しくしてくれる魔法の杖」
確かに、僕の瞳は僕のではなかった。
それが僕にとって最初で最後のマスカラだった。
そして心を盗まれた僕は、今も魔法の杖で多くの女性を美しくしているのだ。
(415文字)
たらはかに(田原にか)様の企画に参加させていただきました。
「最後の」という言葉には、どことなくマイナスなイメージが付きやすいと感じたので、あえてポジティブな終わりにしてみました。
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