うずもれた港

ジュゼッペ・ウンガレッティ(1888−1970)


聖マリアの6月29日、1916年

そこに詩人はやってきて
詩を口ずさみながら光のなかへかえってくる
詩はちりぢりになって。
この詩情について
私に残されたのは
汲み尽くせない秘密という
あの無



○コメント
ウンガレッティの詩については、1987年に筑摩書房から全詩集の翻訳が出ており、2018年には岩波文庫に収録されている(河島英昭訳)。本作は、私家版で80部だけ刷られた第一詩集の表題作であり、「埋(うず)もれた港」が定訳になっている。それを踏まえて、「うずもれた港」と題した(これ以上の訳は思い浮かばない)。第一次大戦の従軍中に書き留められた、切り詰まった短詩群の代表作である。

無(nulla)という言葉からは観念的な印象を受ける。それも、汲み尽くせない神秘こそが無であるという、逆説風の表現は、いかんせん形而上的である。また、詩人であるウンガレッティ自身(ただしこの頃はまだ詩人とは呼べないのかもしれない)の目の前に、自らの詩(うた)を携えた詩人が現れ、そこに作者(ウンガレッティ)が詩情(poesia)を見出すというメタポエティックな構成になっている。にもかかわらず、思弁に閉じているわけではない。透徹した意識が、一回きりのシーンが、手触りのある思考が、数少ない言葉のうちにプリズムのごとく光学的に配置されている。異なる角度で組み合わされた詩人と詩、詩情の面を光が屈折しながら、詩の媒質を浮かび上がらせる。

日本の詩歌では、山田富士郎の「かぐわしきゼロこそよけれ1から1あなたからあなたを引いたような」という短歌を連想した(イタリアにいるため正確に引用できず)。

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片田甥夕日(ゆうひん)
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