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ショートショート:向上心のある漫画家
漫画家として活動し始め、早8年。
有名とは言えないが大抵の本屋には置いている漫画雑誌で連載を続け、発売した単行本は延べ10巻を超えた。
SFとサラリーマンの苦悩をミックスさせた、我ながら独特だと思う作風を続けている。
固定ファンも付き、定期的に漫画の解説動画を上げてくれる人もいる。
しかし、私はここで終わるつもりはない。
もっと有名な雑誌に移って、より多くの人に漫画を読んでもらいたい。
そうやって人気の漫画になることが、ファンの人たちへの恩返しになるのだ。
私は長い間お世話になった編集社に別れを告げ、より有名な編集社に移ることにした。
密かにその編集社で発刊している漫画雑誌の作品を研究していた甲斐あり、無事連載できることになった。
掲載される雑誌は、漫画好きでなくても一度は目にしたことがあるものであり、より多くの人に私の作品が届けられることになった。
私はSF要素を作品から取り除き、代わりにギャグ要素を加えた。
作品の評判は上々であり、単行本の第1巻の売り上げは過去最高の3倍以上だった。
この作品はアニメ化もされ、掲載雑誌でも比較的上の人気を維持し続けた。雑誌の表紙を飾ることもあり、私はその結果に満足していた。
ある時、私宛のファンレターが届いた。
その人は、デビュー作品から私を応援してくれる人で、この人からの漫画の感想はその後創作活動に大いに参考になるものだ。
「先生が有名になって嬉しいです」
そんな言葉が書かれていることを期待し、私はファンレターに目を通した。
最初に異常を感じたのは、友人に久々に会った時だ。
「漫画家やめたの?」
最初何を言っているのか分からなかった。
その頃私の漫画はかなり盛り上がっており、人気投票で1位を取ることもあった。
しかし、友人は最近私の漫画を見かけないというのだ。
不思議に思いながら書店に寄ってみると、確かに漫画の掲載雑誌があまり置いていない。雑誌どころか、単行本のコーナーも縮小されていた。
後日、担当者に聞いてみると、掲載雑誌は他の漫画雑誌の勢いに負け、この4年で売り上げを2割ほどまで落としていた。
程なくして、その雑誌での私の連載が終わりを迎えた。
最後まで描き上げたわけでも打ち切りでもない、掲載雑誌が廃刊となったからだ。
当時、私が所属していたマイナー漫画雑誌の編集社に「もう一度描かせてほしい」と頼みにいったが、「今のあなたの作風だと、うちでは連載できない」と断られた。
元々のその雑誌は、古臭さと目新しさが融合した作品を世に出すことに使命感を覚えていたのだ。
他の漫画雑誌に売り込みに言っても、「最近はレベルの高い新人も増えてるんで」と追い返された。
どうしてこうなってしまったのか…
私は漫画家として成功し、その喜びファンの人達と分かち合いたかっただけなのに…
4年前に受け取ったファンレターの文面を、いつものように見つめてみる。
一度破られた後、テープで修復されたファンレターにはこう書いてあった。
『先生の作品は個性的で大好きでしたが、今の先生の作品は架空の新規読者に媚びた、ただ変なだけの作品です。先生は競争心と向上心を履き違えていませんか?』