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ショートショート:冷静な一人が、熱狂的な万人に勝った

「トゥラカブルについて考えることが、最近のトレンドらしい」
電車に乗っている時に、どこからともなく聞こえてきた。
声の主はすぐに電車を降りてしまい、それ以上話を聞くことはできなくなった。

”トゥラカブル”、検索しても、そのような言葉を見つけることができなかった。いろんな外国語を調べてみたが、そのような単語は見つからない。
ChatGPTに質問しても、「そのような単語はない」と返ってくるだけだった。

一度はただの聞き間違えで、そのような単語は存在しないと結論付けようとしたが、そんな矢先にまたその単語を聞いた。
「トゥラカブルについての研究が、世界をひっくりかえすぞ」
今度は、駅構内を歩いている時に聞こえてきた。
残念ながら、非常に混雑していたので、誰が発言したのかはわからなかった。

やっぱりこの単語はある…しかし、どうやれば意味が分かるのだろうか…
思い余った私は、SNSで情報を呼びかけることにした。

「遺跡の名前じゃないか?」
「アフリカの言語でそういった単語があったような気がする」
「この前読んだ本にそういう語が載っていたような…」
「どこかの国で見られたUFOの名前がそうだ」
「世界を裏から操る秘密組織の名前に違いない」
いろんな情報が出てくる中、ある一つの意味に収束していく。

「この前読んだブログで、”海外で作られた最新アプリ”として紹介されてた」
「Youtuberが、このアプリを実演しているところを見た」
「ネットニュースで紹介されてた、”今年流行るアプリ10選”の中に入ってた」
具体的な情報が、リンク付きで出てくる。
なるほど、トゥラカブルとは海外で作られた最新アプリのことだったんだ!
SNSでの情報収集は本当に便利だ!


後日、友人にあった。
友人は情報に関する研究をしている学者だ。
近況報告をしあっている中で、ふとトゥラカブルについて話したくなった。
「そういえばさ、最近トゥラカブルって海外で作られた最新アプリがあるらしいんだけど、使ったことある?」
友人は怪訝な顔をしながら言った。
「トゥラカブル?それって最近情報科学とか政治の分野で研究対象になってる分野で、アプリとは関係ないと思うよ」
何を言われているか理解できず、黙り込んだ私に友人は続けた。

「トゥラカブルって、去年くらいに海外の学者が提唱した概念で、”集団知の危険性”っていう意味なんだ。
専門的知識がない多数が相談して導き出した知恵よりも、一人の専門家がもっている知識の方が優れている場合がある、みたいな感じかな。
多数決とか民主主義を研究する上で重要な概念だから、最近色んな分野で話題になっているんだよ。
まだ新しい概念だから、ネットとかには全然情報はないし、専門家以外は知らないかもね」

饒舌に話す友人を見ながら、私はなぜ彼に最初に聞かなかったのか自分に説教し続けた。


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