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引き寄せたカードがジョーカーではないことを願って【マイピリ】

物語を読んで、2021年10月31日に発生した京王線の事件を思い出した。その日は月末と週末、さらに衆議院選挙とハロウィンも重なり、普段の日曜日とは違う妙な胸騒ぎを覚える日だった。

当該列車に乗り合わせた人が、車内の緊迫した状況を撮影してSNSに投稿されており、その映像を画面越しに見るだけでも恐怖を感じた。実際に現場に居合わせた人達は、一体どれほどの怖い思いをしたのだろうか。刃物で襲われた人も、一命は取り留めたものの後遺症が残り、他の乗客の中には、その後に恐怖で電車に乗れなくなった人もいるという。

撮影された映像には、犯人が確保されるまでの様子も記録されていた。自暴自棄になり今まさに他人を不幸に巻き込もうとしている人間が、なぜか悠々とジョーカーのコスプレをしている姿には、他の多くの事件とは異なる非現実性があった。犯人がライターオイルを撒き、炎が車内に燃え広がる緊急事態でさえ、「ハロウィンの演出かと思った」という乗客の証言もあったほどだ。

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ピリカ文庫の『夜空』というテーマで、くなんくなんさんの作品が投稿されたのは、その事件があった翌日の11月1日だった。ただし時系列では、おそらく事件よりも前に、こちらの物語の方が先に書かれていたと思う。

遣りきれない結末に、今も読むたびに悶々としてしまう。どこかで引き返す道もあったはずだが、悪いカードを引いてしまったが最後、待っていたのは悲劇でしかなかった。

作品を読む前日に、例の事件の動画を繰り返し見ていた影響からか、この物語を架空の世界の話だとは捉えられず、ひとつの実在する事件を見聞きしたような感覚だった。また、同じような状況に現在も苦しみ、自分自身や自分の大切な何かが犠牲になってしまう人がいる事実に、ただ苦しくなった。

個人的には「生涯で一度も他人を殺めないこと」など当然すぎて気を払うまでもないが、誰もが同じ感覚を持っているとは限らない。三等分するはずのケーキを、初手から真っ二つにしてしまうような衝動のすべてを防ぐことは不可能で、他人の言動を自分の尺度で理解しようとすること自体、何の意味も持たないのかも知れない。絶対の安全など訪れない世界を受け入れながら、なるべく巻き込まれないように注意深く生きようと改めて思う。
 

くなんくなんさんの作品が、ひとりでも多くの人に届くことを願いながら。

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