ATMで1円だけを引き出して手数料105円失った話
数日前の急な冷え込みで、この秋初めてコートを羽織りました。以前より、この季節になったら書いてみようと思っていた出来事があり、十数年前に、銀行のATMで誤って1円だけ引き出してしまい、それだけで当時の手数料105円を失ってしまった話を紹介したいと思います。
ある土曜日のこと、経費10万円を引き出すために近くの銀行ATMへ行きました。暗証番号の入力後、出金額を入力する画面になり、まず画面左上の「1」のパネルへと右手を伸ばしてタッチしました。そして次の「0」を押そうとしたその瞬間、急にATMが出金の動作を始めて、何故か「しばらくお待ちください」の画面に切り替わってしまいました。どうやら最初の「1」を押した直後に、右手のコートの袖が画面右下の「確認」パネルに触れてしまったようなのです。
もちろん私は為す術もなく、出金の動作が終わるのを待つことしか出来ませんでした。目の前のATMでさえ、自らが保管している多額の現金の中から、わずか1円だけを吐き出すことに流石に戸惑っているようで、いつもより少しだけ長く「うぃぃぃん…」と唸っている気がしました。
やがて硬貨の取り出し口がパカッと開き、決して広いとは言えない空間で寂しそうにこちらを見ていた1円玉を、力なく手に取って財布に入れました。
記帳した通帳には「自動機 *1」という今まで見たこともない文言が印字され、その下の行にはしっかりと「手数料 *105」と記されていました。その後に改めて10万円を出金した訳ですが、その下の行にも当然ながら「手数料 *105」と記帳されました。
実際に1円玉を1枚だけ引き出した時、硬貨の取り出し口から聞こえたのは、コインの落ちる効果音としてありがちな「チャリーン」といった音ではありませんでした。また「カシャン」とも「カチャン」ともつかない本当に微かな音で、それでもあえて文字に置き換えようとするならば、『つ』の発音が最も近いかと思います。音が鳴った瞬間に、誰にも気付かれることなく消えてしまうような『つ』でした。銀行を後にして寒空を見上げた帰り道、それは一段と冷え込んだ週末の、白い溜め息よりも少しだけ儚い音でした。