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ショートショート4 『飛行機で見かけたやばい奴』

SNSが発達し、誰でも発信ができるようになったことで、現代社会に潜む、いわゆる『やばい人』がたくさんの人の目に触れるようになった。

これから話すのも、私がSNSで伝え聞いた『やばい人』の話だ。


その『やばい人』が現れた場所は空港、それも、離陸準備を終え、今にも飛び立とうとする飛行機の中でだ。

昨今の状況を踏まえて、飛行機の中でも、のっぴきならない理由がある場合を除いて、マスクをつけることが推奨されているのだが、彼は自分の思想と少しばかりのわがままのためにマスクをつけたがらなかった。

まぁ、これぐらいなら『やばい人』であると認定するわけにはいかないのだが、その後、彼は喚き散らし、独自の理論を捲し立てることで、離陸をなんと2時間も遅らせてしまった。

これはまさしく『やばい人』だろう。
その光景を実際に見ていた人曰く、CAや機長だけでなく、他の乗客にまで食ってかかっていたようで、それはそれはタチが悪かったらしい。

この話はテレビや新聞で大きく報道され、その内容を知っている人も多いだろうが、私が聞いた話には、この続き、というよりも、この事件の"真相"が語られていた。

報道では、この『やばい人』はCAや機長の説得により飛行機から降りるというかたちで追い出され、後に航空会社から運行遅延の損害賠償請求訴訟を起こされた、という顛末までしか語られておらず、みなもよく知るのはここまでだろう。

しかし、実際はそうではなかったらしい。

彼が飛行機を降り、その後、訴訟を起こされた、という部分は実際にあったことなのだが、その前の部分、『彼がCAや機長に説得されるかたちで』というところだ。

ここに隠された真実がある。

彼が飛行機から出ていった経緯は、実際には、"彼は、ひとりの乗客が彼に伝えたある一言によって逃げるように飛行機から出て行った"ということらしいのだ。

もう少し詳しくことの顛末を話そう。

この真実を知る人の話では、CAと機長がこの『やばい人』に手を焼いてるのを見かねたのか、ある乗客がすっと立ち上がると、この騒動の原因である『やばい人』の元へと向かっていった。

彼があまりにも唐突にやってきたものだから、乗組員も『やばい人』も唖然とした表情をしていたが、『やばい人』だけは一味違って、すぐに態度を変えて彼に食ってかかった。

ところが、彼はそんなことは無視して、『やばい人』に耳打ちをした。

すると、みるみるうちに、その『やばい人』の顔が青ざめていき、『やばい人』は自分の荷物も取らないで、飛行機から慌てて逃げていった。

機内からは大きな拍手があがり、乗組員から彼へ感謝の言葉が述べられ、また、何と耳打ちしたのですか?と聞かれていたが、彼は『大したことじゃないですよ』と笑ってごまかすと、自分の席に戻っていった。

その後、フライトは滞りなく進み、目的地へと着いたが、なんと耳打ちしたのか酷く気になったので、思い切って彼に声をかけ、尋ねてみたらしい。

彼は言いたくなさげな様子だったのだが、そこをなんとか説得し、空港を出てからなら、ということで、なんと耳打ちしたのかを話してくれた。

『あのままフライトが遅れてしまうと、仕事に大きな影響が出ましたからね、僕も何かできることはないかと思って少し考えたところ、ある嘘を思いついたんです。
それは、「実は私、この飛行機をこれからハイジャックするつもりなんです。このままいけば、1時間後ぐらいには首相官邸に突っ込んでいる予定なのですが、それでもこの飛行機に搭乗されたいですか?」という嘘です。』

なるほど、これなら、わざわざ詭弁を弄してこの飛行機に居座り続ける意味はない。自分よりも『もっとやばい人』がいたのだから、顔を青ざめて、慌てて逃げ出していくのも頷けるし、彼が乗組員に耳打ちした内容を言えなかったのも当然だ。


この話の真実は、彼の機転の効いたひとことで、『やばい人』から全ての乗客乗務員が救われたと、こういう結末だったのだ。



さて、これでこの話は終わりなのだが、最後にもうひとつ、やばい人の話をして終わろう。

これは私が実際に体験した話だ。

先ほどの話と同じで、これも飛行機内での出来事だ。

離陸準備が終わって、今にも飛び立とうしているその時に、そのやばい人は現れた。

今回のやばい人は、どうやらまた、マスクをつけていないことで乗組員と揉めているらしい。

そこで、先述した頭の回転が速い彼の話を思い出した私は、ここぞとばかりに立ち上がって、彼らの元へ向かうと、そのやばい人に向かって、彼と全く同じ内容を耳打ちした。

ふふん、これで私も、彼と同じ賞賛の拍手を受けられるだろうと息巻いていたのだが、どうやら、今回はそう上手くはいかなかったらしく、『なにをふざけたでまかせをいってやがる!関係ねぇ奴は引っ込んでろ!』と怒鳴られてしまい、余計に事を荒立ててしまった。

私は、怒鳴られたことと周りの乗客からの冷めた目線のダブルパンチでしょぼくれながら、自分の席に帰ることになった。

つくづく自分のおせっかいさが嫌になるよ。


これが私が出会ったやばい人の体験談だ。

全く、なんて胆力がある人だろうか。本当にやばい人だったな。

だって、嘘偽りなくちゃんと説明してあげたのにこの飛行機から降りないなんて。


全く、やばい人というのは意外とすぐそこにいるもんなんだなと酷く痛感したよ(笑)




おわり

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