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【story】Merry X'mas & Happy New Year ~コウキくんとミチルさんの話

「どうしても…和久井さんのことが諦めきれない!…って飯田さんが叫んでましたね。和久井さん、どれだけモテるんですか?」

後輩の児玉くんと休憩スペースにて、ちょうど紅茶を飲もうとした時にそんなことを言われて思わず噴き出しそうになった。

「飯田さんは部署異動になった後もそんな感じなんだ。」
「まあ…肉食女子飯田さんですからね。別の意味で有名人ですよ?和久井さんやっぱり気になりますか?」
「ううん、別に。…ていうか、児玉くん俺に彼女いるの知ってるだろ?」
「いや~その話を聞いた時が一番驚きました。まさかの藤野女史とは…どこでどう2人が付き合うことになったかが知りたいですけどね。」

児玉くんは気が利くし、周りの状況をよく見ている。とても助かっている後輩だが、僕がミチルさんと付き合っていることはまったくわからなかったらしい。僕自身確かに多く語ることはしないが、結構顔に出るらしいから絶対解っていたと思っていた。

「交際の経緯は別にさておき。じゃあ飯田さんは何かにつけ俺を誘ってくる可能性があるってことか。」
「そうですね…異動先の部署でも、クリスマスは絶対和久井さんとご飯に行くんだ!って意気込んでいたようですよ。」
「…飯田さんは俺の彼女が藤野さんなのを知っているし、会ってるからな…」
「え?そうだったんですか?!」

しまった。横浜駅でばったり会った話はまだ児玉くんには言っていない。

「…あ、その話はまた今度な。」

僕自身の恋愛話はやっぱり照れくさいので、何か聞かれる前に休憩スペースを去った。
それより、実はミチルさんとクリスマスをどうするかという話を一切していない。どちらかと言うと焦っている。理由は、過去交際していた人がいたとは言え、『クリスマスに彼女と過ごす』という経験がなかったからだ。
別にミチルさんに聞けばいいことだが、恥ずかしい。
サプライズというのも恥ずかしい。過去何度かサプライズ的なことをしたけれど、後でこれで良かったのかいつも反省している。ミチルさんは喜んでくれているし結果良かった訳だが、つまり自分がいつも納得していない。
もっと格好よくスマートに出来ないか…と考えている。

だが、12月からミチルさんと一緒に暮らし始めたので、クリスマスにどう何を誘ってというのが正直解らずにいる。

仕事が多忙だった中で平行して横浜の元実家マンションのリフォームやらを同時進行でやっていた。完全にミチルさんへのサプライズだった。リフォームを終えて11月の3連休に同棲する話をし、そこからあっという間だった。つい1週間前から一緒に生活を開始。まだ一部お互い片付いていないため段ボールのままだ。ミチルさんも年末に向けて仕事が忙しくなってしまった。それなのに、彼女は夕飯をちゃんと用意してくれている。帰りが遅いのは僕の方だし、今のご時世お店も早く閉まってしまうため、ありがたい。
ただ、ミチルさんは早寝早起きのため、僕が帰宅した時には既に眠っている。

彼女の提案というか、僕も同意したが、パーソナルスペースとして別々の部屋で寝ている。恐らく結婚しても一緒の寝室にはならないかも知れない。今後結婚して子供が出来きたら別かも知れないが、ミチルさんの本音は「恥ずかしい」のだとか。(何度かお泊まりした仲なのに。)

12月25日は月末最後の金曜日。
そもそも休暇を取る状況ではない。
何か2人で食べに行くかかな…と考えていた時に
ミチルさんからLINEが来た。

『12/25』

え?12月25日?

『12/25の件です。今日は夜そのまま浅草に行きます。前のアパートの片付けと不動産屋に手続きに行くためです。なので、24は浅草で泊まってそのまま出勤します。25、夕飯は外食にしますか?…と思って、浅草のワインバル予約してます。クリスマス時期なので。』

ミチルさんはいつもタイミングがいいというか…。
お互い考えていることはやはり一緒だ。
あまり難しいことを考えなくても良かったのか。
ミチルさんが以前住んでいた浅草のアパート、1月中旬で契約終了のためゆっくり片付けをしているし、寝泊まりも可能である。仕事でかなり遅くなった時は僕も利用していた。
じゃあその時か…ともうひとつ考えていたのは、ちゃんとしたプロポーズ。
指輪も用意済みだ。クリスマスにプロポーズで婚約指輪はベタかも知れないけど、ミチルさんなら笑ってくれるだろうという安心感がある。

あまりこだわらず、あまり気負いせず。

+++++

いろいろ台詞を考えていたら寝付けず、僕としたことが今朝は軽く寝坊した。
朝から外に出かけ、合間に打ち合わせもあり、そして作成しなければいけない資料が山積みだったが何とか終わる。
悠長にクリスマスのこととか、考えている余裕がなかった。
昨日からミチルさんは浅草のため、横浜のマンションに戻ってもいつもの夕飯がないし、ミチルさんがいない気配を強く感じて、寂しく感じた。
ミチルさんの存在は僕の中でかなり大きくなっていることも実感した。

「そんなに遅れることなく、行けそうだな。」

つい呟いてしまった。

「行けそう?って、和久井先輩、仕事終わりにどこかへ行くんですかぁ~?」

驚いて振り向くと、飯田さんが微笑んでいた。

「急に話しかけられると驚くからやめて欲しいけど。」
「和久井先輩、相変わらず厳しいんですねえ~強く言われると落ち込みますぅ~」

…絶対落ち込んでいないだろう、それ。

「和久井先輩…ううん、和久井さん!…ずっと前から言っていた、浅草にあるワインバル。行きましょうって何度も言ってたと思うんですけど、彼女さんいるのはわかってますけど…一度だけ…お食事行ってもらえませんか?…これまで仕事でたくさんご迷惑かけたし、結局和久井さんのお役に立てなくて…途中で異動になったんですけどぉ…ちゃんと和久井さんに伝えたいこともあるんですう…。」

そのワインバル、僕もこれから行くところだけどな…。

「お店予約してます!一緒にお食事してくださぁい!」

飯田さんなりに勇気を出したつもりだろうが、彼女がいるのを知っててその行動を取るのがどうも理解出来ない。
まあ、恋をすると忘れられない気持ちは、解らない訳ではない。
飯田さんの一生懸命な誘いの裏で、僕はこれまでのミチルさんとのことを振り返っていた。
よし、決めた。

「飯田さん、実は今日そのワインバルに行くんだ。」
「え?」
「あのお店は、彼女が大事にしていたワインバルでね。以前から俺も知っているところなんだ。飯田さんの気持ちは、俺を食事に誘う話から何となく解った。でも申し訳ないけど気持ちには応えられない。それでさ、今日その彼女にプロポーズするから。一世一代の記念日にするからさ、

お願いだから、邪魔はしないで。邪魔したらさすがに俺も今日は怒る。」

多分、これだけ言っても引き下がらないだろうな…。
予感的中。

「そおなんですかぁ~!じゃあワインバルまでは一緒に行けますね!一緒に浅草まで行きましょう!」

…そうなると、電車に乗っている間にいろいろ台詞を考えようと思ったのに、落ち着いて考えられない。

「飯田、和久井さんの邪魔するのやめろよ。今大事なイベントがあるって言ってただろ?聞いてたかよ?…和久井さん、後片付けぐらいなら僕やりますよ。頑張ってください!」

児玉くんが満面の笑みで来てくれた。助かった!
やはり持つべきものはいい後輩だった…。

「その代わり、聞かせて下さいね。馴れそめから結果まで!」

児玉くんがニヤニヤしている。
飯田さんは…案の定落ち込んでいる…振りかな。
まあ、僕はもう何も考えていない。

+++++

「ふふ。後輩飯田さんはさすがだね。凄いわ。諦めてなかったのね。」

浅草のワインバルで、グラスを置きつつミチルさんが笑っている。
このところお互い忙しかったから、彼女の顔を見つめて食事するのは本当久しぶりだった。
浅草の以前のアパートに泊まっていた割には、今日のミチルさんの服装がそれなりにお洒落で驚いている。まるで今日のために用意したような。

「ミチルさん、今日の格好だけど…用意してたの?」
「ふふ。クリスマスですから。2人でクリスマスイベントというのも初めてだもんね。初めてのイベントはきっちりしようと思って。」
…可愛すぎる。困った。
「ごめん、僕普通に仕事着なんだけど…。」
「でも、スーツじゃない。」
「クリスマスって格好じゃないし。」
「ええ~別に気にしないで。」

ミチルさんが急に、黙ってしまった。
大きく深呼吸をして、ミチルさんが何かを決心した様子で話し始める。

「コウキくんにプレゼントがあるの。」

ミチルさんは、鞄から箱を取り出した。
その後で、ゆっくり何かを思い出すように、言葉を選んでいる様子だった。

「クリスマスプレゼントなんだけど…。私から渡す前に、コウキくんからもし何か言いたいことがあれば、先にお願いします。」

え?
何も構えていなかったから、急に振られたから焦ってしまった。
もしかして…?ミチルさん?
と焦りつつも、僕も一生懸命呼吸を整える。僕も決心しなければならないだろう。

「…わかった。…ミチルさん、僕もクリスマスプレゼントがある。」

鞄から婚約指輪を出した。

「ここまで来る時、何て話そうか考えていたけど…やはり真っ直ぐ伝えた方がいいと決めました。」

ミチルさん、僕と結婚してください。
藤野先輩と職場で出会って、最初は厳しい先輩で大変でしたが
次第に惹かれました。
僕のことを好きになってくれて、ありがとう。
僕と一緒に暮らしてくれて、ありがとう。
ずっと、これからもミチルさんと一緒にいたい。

婚約指輪を渡そうと、指輪ケースを開けようとしたのだが…
緊張して手が震えて、開けることが出来ない。
しまった。焦れば焦る程、開かない。
台詞までは良かったのに…。

ミチルさん、微笑みながら僕の手に手を添えて
一緒にケースを開けてくれた。
その後で、僕へと用意してくれたプレゼントを開けた。
…時計だった。
時計盤が星空のような真っ青な時計。

「時計ね。私とお揃いなの。」

コウキくん、私にプロポーズしてくれて、ありがとう。
私もコウキくんと結婚したいです。
返事は「はい」でお願いします。
最初職場で出会った時、指導に悩む程癖が強くて
でも、私のことを支えてくれて、頼りがいがある人だなと
コウキくんに惹かれていきました。
私と付き合ってくれて、ありがとう。
私と一緒に暮らしたいと言ってくれて、ありがとう。
私のこと、好きになってくれてありがとう。

「へへ。婚約時計だね…。」

ミチルさん、言い終わった途端に緊張が解けたのか、ぽろぽろ泣いてしまった。
僕も緊張が解けて、汗が止まらなくなった。
泣いているミチルさんに、そっとハンドタオルを渡して
ミチルさんの左手薬指に、指輪をつけて
僕の左手に時計をつけて

『これからも、よろしくね。』

ワインで乾杯。
プロポーズはうまくいきました。…ということです。

+++++

クリスマスから怒濤の年末が過ぎ、
年始はお互いの実家に行き来して終わった。
このプロポーズ話を、年明け後輩の児玉くんに年始の挨拶がてらゆっくりすることになってしまった。

「あああ。この話を飲み屋で聞けないのが残念ですね。」
「仕方ないじゃないか。このご時世、無理だろ。」
「結局、あの後の飯田は、浅草のワインバルに向かったらしいっすよ。」
「え?そうなの?」
「同期を誘って行ったらしく、…まあ予約してたから、そこは良心が残っていたのですかね。それで、和久井さんのプロポーズシーンをチラ見していて、最終的に諦める決心がついたとか否か。」

ちょっと待て。あの場面を見ていたのか。
相当な奴だな…。

「これで諦めるかな…。ここまで来るとストーカーなんだけど…。」
「うーん。今度は妻がいる人にアタックする感じですかね。最強肉食女子ですね。…と言いたいとこですが、飯田、3月いっぱいで退職だそうですよ。」
「…え?そうなの?」
「異動先の部署で大きなミスが相手方にも損害出してしまって、さすがに上層部もお怒りで。これまでの失態を人事部も把握していて、人事部から別のまた部署への異動を提案したそうですが…それが出先だったので、飯田も『じゃあ、もう、辞めまあす!』と言ったようですよ。良かったですね。」

時々、児玉くんの情報網が怖い時がある。
敵にしない方が良さそうだ。

「あれ?児玉くん?お久しぶり。休憩中?…あ。一緒だったのね。」

ミチルさんが休憩スペースへやってきた。
僕を見て、ニコッと微笑む。

「藤野先輩、お疲れ様です。…あ、もう和久井さんですよね。」
「仕事では旧姓使用なので、藤野でいいよ。」
「そうなんですね。今、和久井さんからプロポーズの…」

ああ、わあ、いや、おい…

慌てて児玉くんの口を塞いだ。ミチルさんが笑っている。

「ふーん。和久井くんって結構話しちゃうのね。もっと寡黙で秘密主義かと思っていたけど。」

いや、あの…。

完全に僕はミチルさんに負けている。
両家の提案で、一緒に住んでいることだし、結婚式はこのご時世自粛モードの中では難しいという判断から、元旦に入籍するよう言われた。
なので、もう夫と妻の関係になった。
正直まだ照れくさい。
一緒に住んでいるとは言いつつも、部屋は相変わらず別でパーソナルスペースは現状維持。
そのため、ご飯を一緒に食べる時間やリビングにいる時間もずっと緊張しているというよく解らない状況になっている。

ミチルさんの自然体な様子に、更に惚れてしまったのだ。
先輩というイメージから、家ではひとつひとつの動作がとにかく可愛い。
僕の4歳年上とは思えない。
それを解っているのか、時々ミチルさんは僕をからかう。

「あ、今日なんだけどちょっと遅くなるので。夕飯は各自でお願いします。それか、帰る時間を合わせられれば浅草に寄ってもいいかなと思うけど…どうする?」

もちろん。帰る場所は一緒だし。帰る時間、合わせるよ。

*****

前回の話はこちら。

コウキくんとミチルさんのショートストーリー。
ハッピーエンドで終演となりました。
過去のストーリーですが、後ほどタイトルを修正したいと思います。
後輩飯田をどうやって絡めようかと悩みましたが(笑)
これが私の今の精一杯ですね。
また新たな物語を考えようと思います。

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