【story】コウキくんとミチルさんの話
数日で急に寒くなった。
今日の強い風で銀杏の葉が落ち、金色の絨毯になっている道路を踏みしめながら歩く。
隣に誰かいればこの強い風も直接受けることはないのだけれども、今この時点では私ひとりなので、まともに風を受けている。とにかく寒い。
相変わらずコウキくんは忙しい様子。
シルバーウィーク時点で急展開、急に進展した私たちだったけれど、やっぱり毎日会うことは出来ない。
これまでと違うのは、会えない時間に対して不安を感じないということ。
相手を信じるということはとても重要だと思っている。
コウキくんからの電話やLINEから、相変わらず後輩飯田の肉食女子攻撃はあるようだけど、まったく気にしない訳ではなけれど、そこまで気にしていない。うまく表現出来ないけれど。
相手が忙しいと思うと、電話もLINEも避けてしまう私。
コウキくんから連絡が来ればもちろんすぐ出る。元々頻繁にコウキくんから連絡をくれることはないので、連絡が来ること自体が貴重。
私の方から連絡することを避けると、まったく連絡を取らなくなる。
しかし、それが不安になることはない。
信じるってそういうことなんだと思う。
ただ、寂しいのは事実。
なんだろう。信じているのに、満たされていないような感じ。
心は空っぽ。
11月。今年度最後の連休。12月は残念ながら祝日がない。
本当はどこか一緒に出かけたかった。
コウキくんは連日の残業と、激務と、途中でチームメンバーがまた変更となり、一から教えたりととにかく大変だった。
後輩飯田がそのチームメンバーから外されたのだ。
外されて次に来た後輩に、結局一から指導するのをまたコウキくんがやらなければならず、負担が一気に増えてしまった。
一緒に帰るどころではなくなった。
勇気を出して一度「話を聞くよ、一緒に帰ろうよ。」とLINEしたら
「ごめん、今日はナシでお願いしたい。でもミチルさんが頼りないとかそういう訳ではないから。」
と返事があって以来、LINEをすることが出来なくなったのだ。
いや、別にLINEしていいとは思うよ。
もうひとりの私がそう言ってくれるけれど…
今はコウキくんをゆっくり休ませてあげることしか出来ないのかな…と。
深い溜息。
近所を散策してから、途中買い物もして家に戻ってきた。
今日は朝から思い立って焼いたアップルパイがあるので、それに合わせて新しい紅茶を買ってきた。
風が強い外を眺めながら、休憩。
こういう日に限ってアップルパイがうまく出来ている。甘いシナモンの香りが食欲をそそる。
シルバーウィークの時。
コウキくんはワインバルまで来てくれて、そして私の家に行くと言って。
一緒に私の家で過ごして、たくさん話をして、それから…。
あの時のコウキくんには驚いたな。
それからコウキくんの家にも行ったな。
コウキくんの家の場所もわかったことだし、別に平日夜駆けつけても良かったのだが、忙しくて疲れているところを突然行ってもと躊躇してきた。
なので、あのシルバーウィークの時お互いの家を行き来したのが最初でそれっきり。
「素直になるって、難しいなあ。」
つい声に出てしまった。
あの時、お互い言いたいことは言葉にしてちゃんと伝えないとって思ったじゃないか。
ホールで焼いたアップルパイ。一切れ食べてまた一切れに手を出そうとした時。
ピンポン。
ドアのチャイムが鳴った。
まさかとは思うけど、そうかも知れないという謎の自信があって
インターホン越しに見ると…
『ミチルさん?。僕です。コウキ。突然ごめん。』
コウキくんだ。
玄関に駆け寄り、すぐドアを開けて
「コウキくん、あ、会いた…」
「ミチルさん、ずっと会えなくてごめ…」
同じタイミングでお互い喋り出すものだから、言葉が重なってしまってつい2人で笑ってしまった。
「コウキくん、寒かったでしょ。アップルパイ焼いたとこなの。食べる?」
「うん、食べたい。シナモンのいい香りがしてた。実はスイートポテトを買ってきたんだけど、それも一緒に食べよう。」
本当は『ずっと会いたかった』という言葉を最初に言うべきなのに
口から出てきた言葉はアップルパイを焼いたことだった。
違う。違う。アップルパイじゃない。
アップルパイが乗ったお皿を抱えながら振り返って
「…ずっと、会いたかった…」
コウキくんは手にしていたスイートポテトの箱をそっとテーブルに置いて、
私が手にしていたアップルパイが乗っているお皿をそっと両手で受け取って
同じくそっとテーブルに置いた。
「あれだけ素直になろうってお互い思って、お互いそう言ってたのに。ごめんね、ミチルさん。」
両手広げて”おいで”ってポーズは、飛び込むに決まってる。
しばらく、そのまま。
アップルパイのいい香りと、スイートポテトの箱からほんのり暖かさを感じながら、ゆっくりコウキくんが呟いた。
「僕も不器用なので、いつも突然だし、マメに連絡出来ずごめん。でもミチルさんに会いたいって気持ちは僕もそうだったよ。だから…さ、僕と一緒に住まない?」
え…。
「僕の今住んでいるアパート、もう更新で。それに更新のタイミングで…僕の実家って川崎じゃない。元々実家は横浜だったと話したことがあったと思うけど。その横浜のマンション、僕にってリフォームして準備していたんだ。両親にはミチルさんのこともう話していて。両親喜んでくれてて。引っ越し先は…横浜になるけど、どうかな。」
え、えええええ?
「まさか、連絡取れなかった時って」
「いや、仕事が忙しかったのは事実。プラス実家に戻って話していたことも事実。ミチルさんにはいろんな段取りがついてから話そうと思ったこともすべて事実。けど、途中僕も甘えてミチルさんに冷たくしてしまったりしたからちょっと気にしてて…。」
「でも、信じてたから。……寂しかったのは事実だけど。」
ふと、コウキくんがこれまで話したことを反芻する。
「ねえ!ちょっと待って?…この話ってプロポーズだったりする?!」
コウキくんが微笑んで
「うん。そのつもりだけど?」
「いやいやいや。私ちょっとフードパーカーにスエット!!」
コウキくんが笑った。
「安心して。ちゃんと形式的なのは別の日にするから。今日は同棲しようという話。一緒に住むことを急いだのは…僕も寂しかったからということで。」
コウキくんは本当突然で、いまいち何を考えているかわからないところがあって、でも男気があって、頼りがいがあって。
優しくて、かっこよくて…。
「今日、うちに来たということは連休は仕事ないのよね。」
「もちろん。その横浜のマンションの件も含めてゆっくり話をするために。お泊まりセットも持ってきた。」
「ふふ。用意周到。じゃあアップルパイ食べよう。紅茶は何がいい?」
「アールグレイがいいな。」
「じゃあ、とっておきのを。」
「その前に待って。」
コウキくんが私の顔を見つめて、そのまま時間が止まった。
*****
コウキくんとミチルさんの不器用なストーリーの(ようやく)続編です。
何をどう書こうかなと思っていたら、あっという間に11月も下旬に。
この2人にはハッピーエンドになって欲しいので、また距離が出来てお互いがお互いで思いやりながらも素直になれない葛藤の秋となりました。
さて、次は横浜ですね。
後輩飯田が出てくるかどうか…笑
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