【story】一緒に帰ろう。

今日も忙しかった。日常ルーティンワーク以外に突発的な案件が舞い込んでくるため、常に忙しい。すべての業務を終えることが出来なかった。
心が折れて、帰り支度をしていたら、後輩くんも帰り支度をしていた。
担当で残っていたのは私と後輩くんの2人だけ。
「あのさ、もう帰る?」
「帰ります。」
「一緒に帰ろう?」
「いいですよ。」
タイミングが合えば後輩くんと一緒に帰ることにしている。
普段、後輩くんはクールで多くを語らない。寡黙だけど仕事中常に冷静な判断で他の同僚からも評判がいい。そんな後輩くんだが一緒に帰る時はいろいろ話してくれる。
最近、一緒に帰ることが出来なかったのは、お互い多忙でタイミングが合わなかったから。
駅までの道のり、開口一番は後輩くんだった。
「そういえば、今日のトラブルは何が原因だったんですか?」
私が仕事でトラブルになっていたことを知っていたのか。全然興味なさそうだったのに。
「ああ…あれはね、私がミスしたわけじゃなくてね…先方の勘違いだったから、結果的に怒られ損だったんだよね。」
けど、今日一緒に帰ろうと声をかけたのは、別に私のミスを聞いてもらうためではない。
「あのさ…」
と後輩くんを見た。後輩くんは私の言葉を遮りながら、
「いや、いつも先輩は自分たちのフォローをしながら、自分の仕事もこなしていて、一番大変で辛いはずなのに、嫌な顔ひとつせず…。お願いですから仕事を分担してみんなでやりましょうよ。」
言いかけた言葉をそのまま飲み込んだ。後輩くんが言ったその台詞、私も同じことを後輩くんに言おうとしていたからだ。
「…今、私も同じことを言おうとしていたんだけど。」
駅に着いた。改札口に向かう階段がやたら急で結構辛い。話そうと思うのだが、つい息切れしてしまって、続きが出ない。私よりも数段若い後輩くんは歩きながらも私に説教を続ける。
「先輩は、何でも自分でやった方が早いと思ってませんか。そうすると後輩達が育たないですよ。先輩ばかりが疲れてどうするんですか。」

さすがにちょっとイラッとした。
自分だって悩んでいても相談しないじゃないか。
悩んでいる素振りをまったく見せないで、相談もしないから、ミス連発するじゃないか。
何故、なぜ私ばかりが責められなければいけない。

「何?後輩のくせに偉そうに注意するの?」

息切れしながら駅のホームに着いた。こう言い返すのが精一杯だった。何とも立場の弱い先輩…私である。
通過電車だ。
電車が通過するタイミングで後輩くんが何か 喋った。
「何?聞こえない!」

「…そうじゃなくて」

「聞こえないんだけど!」

通過電車がホームを通り過ぎて、一瞬冷たい空気が走った。

「先輩が、放っておけないんです。」

私、そんなに危なっかしいのだろうか。そんなに頼りないのだろうか。

「私、そんなに頼りない?」

「…心配しているんです!」

これまで人に対して気の利いた言葉なんて発したことがなかったのに。
後輩くんは何を言っているのだろう。何が言いたいのだろう。

何て言葉を返していいのかよくわからなくなって、そのまま一緒に電車に乗った。後輩くんは必ず電車に乗ると壁寄りの席に座る。その隣に私が座る。
後輩くんは私の顔を見ずに、電車の発車と同時に話す。

「頼りないなんて一言も言ってないじゃないですか。心配してます。ただそれだけです。」
「その心配は、同僚として?」

何故、そう聞いたか今思うと明確な理由は出てこないが、つい聞き返してしまった。後輩くんは何も言わない。何も言ってくれない時間が逆に不安を増長させる。胸が痛い。顔が熱い。心が苦しい。

彼はただ微笑むだけだった。

これ以上はしつこく聞くのを止めた。
とりあえず、私もあなたが何も相談してくれないから心配ですと言い、他愛のない共通の趣味であるワインの話をして、私は途中で下車した。

電車を降りる時、つい バイバイ と手を振ってしまった。

いつもは会釈する後輩くんが、微笑んで手を振り返してくれた。

…期待して、いいのだろうか。

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今日、突然出勤時間中に考えたショートストーリーです。
普段はフルタイムで働いています。通勤電車に揺られながらいろんな妄想を描いていますが。まあ、そんな感じです。
今年の春に異動となりましたが、昨年度まで所属していた部署では、私と後輩くん2名を指導しながら多忙な日々を送っていました。
私が異動した後は、後輩のひとりが私の後任としてチーフとして頑張っています。今いろんなこともあって、すべてがイレギュラーなので、かなり厳しい状況のようです。そんな後任チーフを遠くから応援しつつ、ちょっと胸がくすぐられるようなストーリーを書いてみました。

うーん。まだまだリハビリが必要ですかね。

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