【story】ゴジラと椿~京急久里浜駅
久里浜は不思議な街だ。
京急久里浜駅前はWing久里浜があるし、主要なお店は揃っている。
商店街もある。買い物に困ることはない。
それに大きなイオンモールがあるから、もっと買い物が便利になった。
だが、一歩駅から離れると、自然と海が広がる。
東京フェリー発着場である久里浜港。
浦賀港に上陸したとされる、ペリーの記念館は久里浜にある。
そのペリー記念館からちょっと行った先にあるのが「くりはま花の国」。
本当は秋に、コスモス園を見に行くつもりだった。
今は冬。
コスモスは終了し、春のポピー園の準備に入った。
趣味でカメラをやっている。一眼レフカメラで街を散策しながら撮影するのが好きで、電車に乗って遠出してはその場所でのグルメと景色、花などの撮影を楽しんでいるのだが…。
特にメインとなる花が咲いていないこの時期に、何故私は久里浜に来たのか。
ある日。LINEにメッセージが届いた。
基本的に自分からLINEを送るのは連絡事項がある時のみで、LINE本来のリアルタイムな会話をするためにはあまり使わない。だとしたら電話した方が早いから。
メッセージの相手は…以前同じ職場で同僚だった後輩。水野くん。
水野くんのLINEがあることも忘れていたぐらい驚いた。
『ご無沙汰しています。お元気ですか。
以前、高石さんが写真を撮るのが趣味という話を思い出して、良かったら久里浜にいらっしゃいませんか。くりはま花の国にいるゴジラがライトアップするんです。』
”くりはま花の国にいるゴジラ”?
花の写真を撮ることしか考えていなかったが、確かにホームページを確認すると「ゴジラ」がいることがわかった。
水野くんのご実家は、その隣の駅、北久里浜なのだが…LINEにはメッセージに続きがあって
『高石さんにお話したいことがあって、夜ですがお会い出来ますか?』
LINEで長々とやり取りするのもと思い、一回電話をしてみたのだが…
水野くんは電話に出なかった。
あまりしつこく電話するのもとすんなり諦め、日程調整をしたという訳だった。
私の自宅から久里浜まで行くのは正直小旅行。しかもゴジラのライトアップまで見て帰るとなると明らかに遅くなるため、土曜日にした。
待ち合わせ場所を現地、くりはま花の国にした。
水野くんから改めて、話したいことがあると来ると…さすがにある程度想像出来る。聞かれることは恐らくひとつ…恋愛話だと思う。
仕事とかで相談したいことなら、LINEで済む。
それ以外の雑談でも、LINEで済む。それか電話で済む。
勿体振っての今日、それでゴジラのライトアップ…
ひとつ引っかかるのは、”ゴジラのライトアップ”だ。
ゴジラのライトアップは、果たしてロマンティックがどうか。
興味は無いわけではなかったので、一眼レフカメラは持ってきた。
待ち合わせの時間よりも早く着いてしまったので、先にゴジラがいるところまで…これは予想以上に緩やかなきつい登り坂…動きやすく寒くない格好で来て正解…辛い、辛すぎる。
登り坂を歩きながら時々後ろを振り返ると、ある程度の高さまで登ってきた場所から見た景色は、緑とまだ残っている紅葉の、木々の合間から遠くに見える久里浜の街。何とも不思議な光景だった。駅前は栄えているのに、数分移動すると自然に囲まれている。
こういう場所、意外と好きだ。
この街、いいな。
登り着いた先は、子供達が遊べる広場になっている。
さすがにもう夕方なので親子連れは疎らだが、ゴジラのライトアップを知っている男女のカップルは数人いる。
これがライトアップするゴジラ…。
ここがどうも頂上らしいので、降りるのも面倒くさくなったから、水野くんにLINEする。
『先にゴジラに到着しました。ここで待ちます。』
売店もあるし、何か飲もうと自販機で暖かい紅茶を買った。
ゴジラを何枚か撮影してから紅茶を飲んだ。
溜息がそのまま白い息となる。
それにしても水野くんは…私に何て話をするつもりなんだろう。
何も思いつかないうちに、夕方5時になる。
本来の待ち合わせは第1駐車場の広場に夕方5時だった。
LINEを見ると、”既読”になっていた。
『わかりました。僕も頂上目指します。』
メッセージの時間は午後4時30分。
じゃあもう来るかな…。
ゴジラがライトアップされた。
これは…。思った以上に凄い…。
思わずカメラを構えてしまった。
夢中になって撮影していたら、肩をトントン、と軽く叩かれた。
振り返ると、水野くんだった。
「あ…」
何故だがかなり恥ずかしい。
「カメラでゴジラたくさん撮りました?ライトアップいいでしょ?」
周りを見渡すと、一眼レフカメラを構えているのは私だけ。
そんな私と一緒にいる水野くんは、どう思うだろう。恥ずかしいのではないだろうか。
「水野くんは、何故私をここに誘うと思ったの?単にカメラが趣味だって言っていたのを思い出しただけ?」
そういう回りくどい質問はやめよう。
「今の質問なし!」
「え?」
「私のことを思い出したということは、気になっていたからでしょ?」
単刀直入に聞いて違ったらますます恥ずかしいのではないだろうか。
水野くんはニコっと笑って答えた。
「そうですね。高石さんは回りくどい言い方は好きじゃないですよね。ごめんなさい。そうです。高石さんを誘おうといつも迷っていました。勇気を出して誘ったら花の時期は終わって、ライトアップしているゴジラの時期になっていたということです。」
花の撮影をするのが好き、なことも覚えていてくれたのか。
一緒に仕事をしていた頃、
お互い作成する資料が終わらず立て込んでいて、二人して残業していた時。
水野くんが、「何か飲みますか?」とホットココアを買ってきてくれた。
「ありがとう。」とココアを飲んで落ち着いたところで、ちょっと雑談となった。
水野くんは、何故か私に質問するばかりで…私が水野くんに質問したことは、北久里浜に住んでいることと、海が好きなこと、海岸線を自転車で散策するのが好きなことぐらいだった。
趣味でカメラをやっていて、花の撮影や景色も撮るよ、という話をその時にしたと思う。
それからもう2年経とうとしているのに。
水野くんは、何度も私を誘うタイミングを計っていたとは。
気持ちはとても嬉しい。
けれど、水野くんのLINEの存在すら忘れていたぐらいだから、水野くんに対する気持ちが高揚するまでに少し時間がかかると思う。
「高石さんは、好きな人いますか?」
「今はいないです。」
「僕、高石さんのことが好きです。良かったらお付き合いしていただけますか?」
水野くん、かなり勇気を出している。
ライトアップしているゴジラの、その前で
水野くんの顔が、ほんのり赤くなっているのが解る。
素直に、嬉しい。
「私のこと、好きと言ってくれてありがとう。素直に嬉しいです。だけど、私はまだ水野くんに対して好きという感情まで届いてないのが事実です。それでも良ければ、私の気持ちを動かすぐらいの気持ちがあれば、お付き合いしても、いいですよ。」
…結果的に、私が回りくどい言い方をしてしまった気がした。
水野くんは、可愛く笑う。
「高石さんの気持ちを動かします!」
しかし、でもいいなあ。
ライトアップしているゴジラ。
水野くんは私の手を繋いでくれた。
年甲斐もなく…ドキドキする。
ふと後ろを振り返って。看板を見つけた。
「ここって、ツバキ園があるの?」
椿は冬に咲く花。12月から咲き始める。この時期だとまだ咲き始めだから少ないかも知れないが…気持ちが「椿」の方に行ってしまった。
水野くんはそんな私の様子にいち早く気づいた。
「椿、咲いているか、ちょっと見てみます?」
ライトアップしているゴジラからちょっと歩いたところにツバキ園がある。
やっぱり咲いているのはほんの僅か。
「高石さん、やっぱり花が好きなんですね。カメラを構えている時の高石さん、とても可愛い。」
可愛い、と言われて戸惑う。
「…ツバキ園の開花状況を見て、また一緒に来ませんか、ここに。…あ、その時はもうライトアップしているゴジラは終わってるのよね?…ああ!咲いている椿ひとつだけ撮影しても…いい?」
戸惑うもいいとこ。
テンパってるじゃないか。
今日撮影したのは、椿ひとつだけ。後は久里浜の景色と、くりはま花の国頂上から見た風景と、たくさん撮影した…”ライトアップしているゴジラ”。
それと、水野くんの笑顔。
「私、久里浜に引っ越して来ようかな。…通勤大変になるけど。」
あれだけ辛いと思った登り坂から、水野くんの手を繋いで下る坂へと変わる。
私の気持ちが「好きという感情に届く」までには時間はかからない気がした。
また、椿を見に来るね。
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くりはま花の国 〒239-0832 神奈川県横須賀市神明町1番地
ゴジラの画像は実際行って撮影したものです。(スマホでの撮影)
椿も同様です。
ツバキ園が満開になるのはもう少し先のようです。
ゴジラのライトアップは、12月初旬から27日までだったようです。私は日中に見たのでライトアップまでは待てずに帰りました。ライトアップまで見ていたら帰宅時間がかなり遅くなったもので…。