
【story】曇りのち晴へ 〜好きな駅でどうぞ
どうしたら心は晴れるのだろうか。
ずっと曇天の心を抱えて生きている。
季節は秋。センチメンタルなこの季節が更に曇天模様の心に追い打ちを掛けてくる。
たまには天高く澄み切ったあの秋空晴天が見たい。
ようやく駅に着いた。
仕事を終えて自宅に帰るだけなのだが
今夜は珍しく冒険しようと思っている。
ホームに着いて、カバンからBluetoothのイヤホンを出す。スマートフォンにはお気に入りの曲を保存した自作のアルバムがある。接続のボタンをぎゅっと押して接続したアナウンスを聞いた後にふと顔を見上げる。
ホームにケイスケがいる。
ケイスケは同期で同僚。みんながケイスケと呼ぶから同期のよしみで私もそう呼んでいる。
実際はふたりきりで話をしたことないけれど。
しかしケイスケは目立つ。
目鼻立ちがはっきりしていて、中肉中背。
モテる話はよく聞く。
ケイスケに気づかれないようにベンチに座る。
そういう時に限って
「お疲れ様です。」
ケイスケに気づかれる…
「このあと何処か行くの?」
「いや、まっすぐ家に帰るだけだよ。なんで?」
「ううん、別に何もないよ。」
私のこれからの冒険はケイスケに知られたくなかったので、そう答えた。
冒険と言うのは、このまま電車に乗って最寄り駅を通過し、乗り換えて、出来るだけ遠くへ行こうと思っていたことだ。
「マルは?まっすぐ帰るの?」
ケイスケに突然愛称で呼ばれて驚いた。
「?何でマルって知ってるの?」
「いや、だってみんなそう呼んでるし。俺も同期なんだけど。」
「あんまり絡むことないからびっくりした。」
「で、まっすぐ帰るの?」
ケイスケは何故か私がこれからどうするのかをしつこく聞いてくる。珍しいことだ。同期数人で盛り上がることはあるけど、我ら同期は結構サッパリしているので、別れ際もサッパリだ。飲み会ですらみんなで二次会!という流れにもならない。個別ではあるかもだけど。
そんなサッパリ同期であるケイスケが、何故私の帰りを気にするのか。
「あ…帰るかな。どうだろう。」
「なんだよ、それ。帰る意志は自分じゃないの?」
「そうなんだけどね。」
「けど?」
「うーん。」
「特に用事がなければ、ご飯行かない?」
「はい?」
「え?何で驚くの?」
「だって、ケイスケが何故私を誘うかが疑問で…」
「あ、俺のことケイスケって呼んでくれるんだ。」
「…え、あ、だって同期だし。」
「それとも…何処か行くつもりだった?」
「いや…ああ……遠くに行こうと思ってたから。」
ケイスケが「遠く?」と不思議そうに聞いてきた。
黙っていたら何かを察したような顔をして、ケイスケが口を開く。
「俺も付き合うよ。」
「いや、悪いよ。」
「なんで?」
「…だって、ケイスケもこれからの予定があるだろうから。」
「いいよ。別に。何処まで行くつもりだったん?」
「いや、悪いって…」
「あのな、マルがこのところずっと落ち込んでて下を向いてばかりで、元気がないのを気づいてたんだよね。」
突然ケイスケが私が下を向いて話しているところに顔を覗き込むようにして囁いた。
そんなこと言われるなんて思ってなかったから動揺する。
動揺したと同時に、涙が溢れ出した。
「マル、大丈夫?…いや、大丈夫じゃなかったから泣いてるんだよな。仕事?いろいろ辛かった?マルっていっつも黙々と仕事してるし、愚痴一つ言わないから同期のみんなも心配してるんだよ。」
“同期のみんな”
そっか。そうだよね。同期だから、だよね。
心のどこかで何か変な期待をしてしまって急に恥ずかしくなった。
私が落ち込んでいることを、同期のみんなも気づいてたのか。
気づいててこうして話しかけてきたのがケイスケだけだとしたら、案外皆薄情な気がして来た。元々サッパリな同期だから期待しても仕方ないのに。
けれど仲良しのリコから特に何もないのに。
ただでさえネガティブ思考なのに追い打ちをかけてくる。
「同期のみんなは、どの辺りまで心配してくれてるの?」
解っていて意地悪な質問をしてしまった。
ケイスケは躊躇せず微笑んで
「まず、俺。」
「うん。」
「それから、リコ。」
「ああ。」
「高石、根本、カズキ、コウタ、メグ、サトミ…」
同期全員の名前を言うつもりなのだろうか。
「リコから連絡もらって、ケイスケ、マルを追いかけろってさ。」
ケイスケは私を追いかけて来たと話す。
「リコが、マルが前に『遠くへ行きたい』って言ってたのを思い出して、そんな気がする!って。」
じゃあそこでリコが私にメールなりLINEくれればいいのに。
「リコが私に連絡くれればって思ったそこのあなた!俺が追いかけて来た。ということは?」
「ということは?…同期で唯一の同僚だから?」
「…あ、ははは。」
余計な期待をしてはいけない。
ツイてない時はとことんツイてない。
ケイスケの彼女は「リコ」だから。
私が密かに好きになった彼。
ずるいよ、リコ。
ダメだよ、ケイスケ。
「ありがとう。ケイスケ。ここでいいよ。とりあえず私行くから。」
ケイスケを振り切って電車に乗る。
ケイスケも電車に乗る。
ケイスケは私の手を掴んで私に言う。
マル。俺、リコと別れたんだ。
リコに押されて付き合ってたけど、やはり自分の気持ちに嘘をつくのは良くないと思ってさ。
俺はマルのこと…
ケイスケが言いかけたところで、私はケイスケの手を振り払った。
そんな遠回しで来なくても
最初から
直接来ればいいだけであって
リコの次みたいな
リコに押されて付き合うようなら
私への想いなんてそんなものでしょ。
あ。心がスッとした。
長いこと曇天だった空模様に光が指してきた気がする。
ケイスケは黙ってしまった。
リコに何て話して別れたのかは知らない。
でもさ、私のこと好きだったのなら
リコに押されて付き合う必要は…ないよね。
次の駅でケイスケを残して下車した。
「じゃあ、ケイスケ。またね。私明日有休で1日休みだからよろしくお願いします。」
次の電車に乗って、新宿から箱根ロマンスカーにでも乗ろう。
スマホを見て思い立って電話をする。
「すみません、今夜1人なんですが、お一人様宿泊プランを見て電話してます。予約出来ますか?」
今夜は箱根でゆっくりしよう。